いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

千の夜も夢さえあれば寂しくない
クトゥルフ神話TRPGシナリオ「不辜のサァカス ナイフノモツレ」(作者:popo様/臓器売買)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
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 路地裏から大通りを歩く人間たちを、露店を睨みつける。
 大きく声を上げながら物を売っている大人たちは、一歩後ろにいる存在に気付いている様子はない。
 そっと腕を伸ばし、店頭に置かれていたジャガイモを取りサッと暗がりへと戻る。
追手が来ていないだろうかと後ろを振り返れば、どうやら彼らは盗られたことにすら気付いていないようだ。
 運が良かった。武力行使となると子供である自分は圧倒的に不利だから。
(……今日はこれでなんとかなるといいな)
 生のままのイモを齧る。味なんてものはよくわからないが、食感はいいと思う。

 生まれるよりももっと前に人生のくじ引きでハズレを引いてしまったのだろう。自分には最初から抱き締めてくれる父親も、笑いかけてくれる母親もいなかった。
 そして愛想が欠片もないせいで他の奴らと一緒に物を売って生きるなんてことも出来ず、たった一人で盗みを重ねて毎日を生きていた。
(誰も見てすらくれないのに笑って声をかけたって、意味ないじゃん)
 自分と同じように貧しい装いをした子供たちが広場で何かを売り出している。
 チラリと目をやると彼らの売っているソレに、何故だか見られているような気がした。
 そういえば誰かが言っていた、確か邪視から災いをはねのけるお守りなんてものがあるのだと。
(何だよ、僕がやましい生き物だって言いたいの?)
 ──青い瞳なんて最初から何も持っていない人間にとっては意味のない飾りだ。
居心地が悪くなってふい、とお守りから目を逸らす。
 目の端で子供たちの中で一番大きい少年が、他の子たちの頭に自身の手をポンと置いているのが見えた。
(……馬鹿だな。一人なら食い扶持とか気にしなくていいのに)
 その光景が、何故だか脳に残った。


(…………最悪、ほんとに、最悪)
 今日も今日とて生きるために出来ることをしていたが、結果はこの通り。
失敗した、の一言に尽きる状態。ボロボロになった体をゆっくりと起こす。
(痛い、全部全部痛い。もうやだ)
 視界がユラユラと揺れているのに気付いて、ゴシゴシと目を擦る。
 泣き言を言っている場合ではない、このまま食いっぱぐれてしまってはそれこそおしまいだ。
(あ、そういえば……)
 食糧にありつける可能性が高い市街地から出たことがあまりないが、少し離れた場所にテントが立っているのは知っていた。
 思い立ったが吉日、行くしかない。痛む体を抱き締め、記憶を頼りにフラフラと歩く。
(食べれるもの、あったら嬉しいけど……)
 期待なんてするものじゃない、頭を軽く振って歩みを進める。
 暫くして大きなテントが見えてきた。
 念のためと周囲を見渡すが人の気配はなく、辺りはしんと静まり返っていた。
 ひと息つき食糧を求めテントにそっと忍び込むと、目の前には荷台がズラリと並んでいた。
(……! 当たり、だ)
 手近な荷台を開くとそこには芽は生えているものの、食べられそうなジャガイモが入っていた。
 もう一度人が来ないことを確認してから手に取り、齧りつく。
 シャキシャキとは程遠い柔い食感とともに、土の匂いが口の中に広がる。
 状態はあまり良いものとは言い難いが、食べられるだけで満足だ。
 一つ、もう一つと手を伸ばしていると、閉めていたはずの入口から月明かりが差し込んでいるのに気付き顔を上げてみれば、そこには自分を見つめる大男がいた。
 手の中にあったイモは転げ落ち、血の気が引くのを感じる。あぁ、終わった。
 せめて怒鳴り散らすだけにして欲しい、と願うのは高望みし過ぎだろうか。
 自分に伸ばされた男の手を見て、ギュッと目を瞑る。
 これから振り下ろされるであろう拳から身を守るようにして構えていると、想像していたよりも優しい衝撃が頭から伝わる。
「そのまま食ったら美味くねぇし、腹も壊すぞ!」
 馬鹿みたいに明るい声がテントの中に響く。
頭に乗せられた手と、かけられた言葉の意味を理解できず呆然としていると目の前の男はニカッと笑い続ける。
「大丈夫だ。取って食おうなんて思ってないさ」
「ぁ、えっ……」
「ほら、一緒にこっち来い。ちゃんとした飯、食わせてやる!」
 そう言うと彼はもう一度、人の頭を乱暴に撫でる。
(怒られ、ない? 何、何で? ちゃんとした飯って……)
「ん? 腹が減り過ぎて動けないか?」
 こちらの顔を覗き込むように見てくる瞳から顔を背けると、突然浮遊感に襲われる。
 先ほどまで接していた地面が遠く感じる。抱き抱えられているのだと、気付いた。
「は、な、なに」
「ちゃんと掴まっとけよ、危ないからな」
 人の困惑も何のその、気にする様子もなく彼は自分のことを連れてテントから出る。
「まずは飯食って、寝て、それから話をしよう!」
「な、んの、こと」
「っと、その前に治療した方が良いか?」
「はなし、きいて!」
「わかったわかった、後でちゃんと聞いてやる」
 彼の声からは怒気や悪意を一切感じない。本当に、何なのだろう。疑問しかない。
「俺はウムト。このサーカス団の団長だ」
「さぁ、かす」
「おう。サーカスはいいぞ、みんなを笑顔に出来る夢みたいなもんだ!」
「ゆめ」
「夢だ! 千の夜も夢さえあれば寂しくないんだって、知ってるか?」
「よく、わかんない」
だよなぁ、と笑う彼の言葉を脳内で転がす。
(夢。笑顔。……サーカス)
 縁のない単語がズラリと並ぶ。腹が膨れるはずのないそれらに、惹かれるものはない。
でも、と自分を抱えている腕を見る。
(……大人しくしとけば、ご飯。食べれるのかもしれない)


 何故だろうか、あの日見た子供たちの様子が頭に過ぎった。
▶とじる

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#カスモツ #ナイ

怪文章

梅雨明け宣言

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
彼の落としどころを見つけるための文です。

金糸雀自陣、一周年記念でした。
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 たった一年、されど一年。
 夢から覚めるには十分な時間だった。

 気持ちが絡まってすべてを諦めてしまった人。
 最期のその瞬間まで前に進むしかなかった人。
 信じるものを捨てず、真実を抱いて立っている人。

 そんな人たちを組織が、法が、国が守ってくれないのであれば、誰が彼らに手を伸ばすんだ。
 自分がルールから一歩外れてしまってようやく理解した。
 “正義”のお面をかぶった奴らは、人の涙を見ないふり。
 ”悪”だと言われた人たちのレッテルを剥がせば、そこにいるのは救うべき存在。
 そんな存在を今度こそ守るために出した答えは「信じてきたルールを捨てる」こと。
 「しなさい」と言われた通りにやっていたら何も救えないまま。
 それなら「してはいけない」ことをすればいい。
 「誰か」のために。何よりも人を救いたいのだと願った「自分」のために。

 帽子を深くかぶり、顔を上げる。高い位置にある太陽がとてつもなく憎い。
 ミーン、ミン。
 例年よりも早い、夏を知らせる声が聞こえてくる。
▶とじる

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#金糸雀 #片桐剛

怪文章

片桐剛は浅葱つゆの夢を見るのか

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。

チマチマとココフォリアでやっていたRPログ。
基本一人遊びだけど、一部他PLがRPしに来てくれた部分があります。
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「雨、止みませんね」
 一本のビニール傘を二人で分け合う。
 互いに肩を濡らしながらやって来たのは人の気配のない場所。
 この雨だ、二人でこれ以上移動するのは厳しいものがある。
「え、何ですか急に」
 ふふ、と笑い出した彼女を見る。
 何が楽しいのだろうか。
「……水も滴るいい男だね、じゃないですよ。この状況で言うことですか?」
 彼女は時折どうでもいいようなことで笑う。

 それを知ったのはこうして二人で人目を避けるて歩くようになって随分と経ってからだ。
 共に事件を追っていた頃は、こんな人だとは思っていなかった。
 もちろん、悪い意味ではない。
「それを言うなら……あーいや、これはセクハラになるのでは……。あぁいえ、何でもないです。気にしないでください」
 冗談には冗談で返すべきだろうか、そう思って口を開こうとして、やめる。
 相手は年上の女性だ。こういった軽口を言ってしまうのはどうだろうかと自分の中の常識が出て行きそうになった言葉を喉の奥へと押し込んだ。
「そういえば前、浅葱さん言ってましたよね。雨は嫌いかって」
「そのときは確か濡れるから好きじゃないって答えたと思います。けど、いまは少しだけ好きになりました」
 目を瞑り雨音に耳をやる。
「雨の日は花粉の量も少ないし、人もあまり外に出たがらない。何よりも、静かだから」 「昼間や人のいる場所ではまぁあまり変わりませんけど。ただ、いまみたいに夜の雨は 静かで良いなって思うんです。いっそ止まなければって思う程度には」

 目を開く。
 夜の雨、それと隣にはこちらの話を優しい表情で聞いている彼女。
 安心する。それと同時にほんの少しだけ心がざわつく。何でだろうか。
 ──何で、だろうか。わからない、いやわからなくていい。
 雨の中。二人逃げて逃げて先へと向かう。終わりのない逃避行は心を蝕む。
 けれど、それでも、こうやって心落ち着けられる瞬間はある。
 だから大丈夫。まだ俺は歩いて行ける。

 目が覚める。
 空を見上げるとどうやら雨は止んだようだ。
 少し離れたところから人の話す声が聞こえる。
 そろそろ行くかと隣に話しかけようとして目を見開く。
 彼女はそこにいなかった。
 辺りを見渡し、もう一度自分の隣を見る。
 それでもやはり彼女の姿はない。

​──当たり前だ。だって彼女は。

 気付いている、本当は。
 信じたくないのは自分だけだということを。
 自分がどれだけどうしようもないのかを思い出す。
 既に居ない人間を隣に置いたままここまで逃げてきたことを。
 雨が止まないでほしい本当の理由を。
 彼女の死を、自分の心の軋む音を、俺はまた理解してしまった。
 自分の後悔から目を背けていたのが情けなくて、でも怖くて悔しくて寂しくて。
 どうすれば良いのかなんて誰も教えてくれない。
 悪い人となった人間の声なんて誰も聞かない。
 そんな世界の隅っこで、俺は雨が止んでしまったことを恨んだ。

 立ち上がりその場から離れる。
 傘はその場に置いていく。俺一人に対して大きすぎるから。

***

「今日は疲れたな……。ええ、流石にこうじっとりと暑いと嫌になりますね」
「雨は嫌いじゃなくなりましたけど、梅雨はそこまで…………浅葱さんのことじゃないですよ。何そんなにしゅんとしてるんですか」
「知ってますか。梅雨の語源」
「中国では梅の実が熟すのがこの時期なんです。それで梅の雨って言われるようになったそうです」
「確かに、日本でもよくこの時期は梅の手仕事とかテレビでやってたりしますもんね」
「そう、それで。『つゆ』の語源、他にも色々あるらしいんです」
はて、どういったものだっただろうか。

 考えていると一瞬、隣にいた人影が揺らいだ気がした。思わず目を見開く。
 もう一度見ると、陽炎にはちゃんと実体がある。そう、当たり前にちゃんと生きている人だ。何を寝ぼけたことを。
 けど少し、不安に思った。

「……ぁ、いえ。なんでもないです、すみません。少しぼーっとしていました」
「それで……そう、『つゆ』の話でしたっけ……。
 ……パッと思い出せなかったんですけど色々あって……」
 言葉がコロコロ、心の中を転がっていく。
 もうすぐ、つゆが明けてしまうそうだ。

***

「今日も暑いですね。晴れている分には移動しやすいから良いですけど」
「……流石に急に降られると困りますね。ずぶ濡れだ」
「虹が綺麗だった? いや、まぁ、そうかもしれませんけど。それ以前に風邪引きそうですよこれだと」
「うわ、靴が……浅葱さんは大丈夫……じゃなさそうですね」
「梅雨、あけましたね」
 一人、道の隅っこで空を見上げる。
 嫌になるぐらい、良い天気だ。
 暑い、暑い。
 湿気が少し残る暑さはなんとも居心地が悪い。
 最近浅葱さんはあまり喋らない。元々無口な方だけど多分それだけじゃない。
 この暑さがそうさせているんだろう。
「ほら、もう少しですから」
 波の音。潮の香り。
 自分にはあまり馴染みのない場所だ。
「海、あなたが来たいと言ったんじゃないですか。忘れたんですか」
「友達、ですか? まぁ、一応いましたけど……多分もう向こうはそう思っていないんじゃないでしょうか」
「追われている身ですしね」
「……俺は、どうすれば良かったんでしょうね」

***

「……あつい、ね」
「……夏は、あつい」
「……アイス、食べない?」

「本当に、嫌になるぐらい暑いですね」
「……アイス、この間食べたばかりじゃないですか」

「もう……この前食べたものはその日のうちに消えちゃったよ」
「今日、あつい、から」

「当たり前のことを言わないでください」
「片桐くんがこの前食べたって、いうから」

 暑い、確かに暑い。
 だがそう何度もアイスを買いに行っては足がつくかもしれない。

「む…………この前だって……ばれなかった」
 むぅ、と少し拗ねた顔をしている

「運が良かっただけですよ。いつ捕まるかわかったもんじゃないんですから」

「うん……でも暑いよ」
 堂々巡り。どうあがいても食べたい

「せめてもう少し人が少なくなってからじゃないとキツいですよ」

 今日はいつもよりハッキリと彼女の声が聞こえてくる。
 ……いつもこのくらい喋ってくれてもいいのにな。

***

 台風が来ていると街頭ニュースで知った。
 どうりで雨が強いはずだ。
 レインコートのフードを深く被る。
 傘は先日置いて行ってしまったからない。
「あめあめ、ふれふれ……」
 いつもなら隣から聞こえてくるはずの声が、今夜は聞こえてこない。
「……このまま夏なんて過ぎてしまえばいいのに」

 ぽつりぽつり、一人歌う。
 誰もその歌を聞くことはない。
 連日痛いぐらいに照りつけてきた日差しはなく、涼しいどころか寒さすら感じるような日。

***

 久々の雨、いつもと変わらず足を進める。
 終わりなんてものはなく、ただひたすら歩き続ける。
 誰かに伝えるべき言葉を抱えながら。
 でもその誰かに会うこともなく、ただ歩く。

 本来ならもう少し穏やな気温でも良いとは思うが、そうはいかないらしい。
「……寒い」
 あの夏からもうここまで来てしまった。
 秋を飛び越えて冬を目の前にかじかんだ手にふっと息を吹きかける。
 あれほど夏なんてなくなってしまえばいいと願っていた口で、訪れた冬を呪う。
 嫌だな、早く暖かくなってくれないものだろうか。
▶とじる

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#金糸雀 #片桐剛

怪文章

A.OKではない。

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「異能警察は、英雄じゃない」(作者:弱小亭ろっしー様)の直接的なネタバレはありませんが現行未通過非推奨。

探索者の二次創作妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
NPCとのCP的な要素がふんわりとあります。
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「東」
 ちらりと横を見れば、彼の頬にぽつんと生クリームがついており、思わず声をかけてしまった。流石にこの状態で放っておくのは少しばかり可哀想だから。
 自分の頬をトン、と指させば、こちらを見た彼が「ん!」と声を上げる。伝わったようで何より。
 さて、と自分の手元に視線を戻したその時だった。
 チュッと軽い音が鳴ると同時に、頬に柔らかい感触。慌てて真横を向けばニッと笑う東の姿があった。
「…………なんで?」
「? ハルがして、ってしたじゃん?」
 ほら、と彼は自分の頬をトントンと指さす。
「……あ、違っ……その。……クリーム、付いてるって……」
 どうしてそこで器用にも汚していないところを、と文句を言いたかったのに口から転げ落ちたのは照れと焦りによって引き出された言葉たち。
 そんな単語ばかりでも彼にはちゃんと届いたようで、そういうことかと頬のクリームを拭った。
「ど?」
「取れ、てる」
 オッケー、と軽い返事が返ってくるが私の心は全くオッケーではない。
▶とじる

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#異能警察 #青木春美

怪文章

三文字分の元気

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「異能警察は、英雄じゃない」(作者:弱小亭ろっしー様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
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 ざんざざんざと雨粒が跳ねる。
 いくら季節が巡っても、雨の降る夜は心がざわついてしまうもので。少しでも気を紛らわそうとテレビをつけていたが、芸人渾身のネタもスタジオの笑い声も全くもって効果がない。
 そっとテレビの電源を消してベッドに倒れ込む。
 外から聞こえてくる雨音がどんどん大きくなっていくと同時に、ごうごうと青い炎が頭の中に広がっていく。
 時計は二時を示していた。良い子はいま頃夢の中。
(流石にこの時間は……)
 ロック画面をじぃと見つめてパタン、と伏せる。
 迷ったけれど仕方がない、深夜に叩き起す方が申し訳ない。
 朝になったらきっと晴れている。そう思って目を閉じようとしたその時、初期設定のままの着信音が鳴り響く。慌ててスマホを手に取るとそこには見慣れた漢字三文字。
「も、もしもし……」
「よっ。ハル、暇してるじゃん? ゲームやんね?」
「……夜中だよ?」
「ハルだって寝れないからこうして電話取ったじゃん?」
 図星。返事がないことを気にするつもりはないようで、電話の向こうからは東の鼻歌とゲームの効果音が聞こえてくる。
「……ちょっと待って、準備する」
「早くするっつーの!」
 スマホをスピーカーモードにして、枕元のゲーム機を手に取る。彼と遊ぶためだけに買ったこのソフト、最初こそボタン操作や画面切り替えに苦戦していたが、いまではもう慣れた。
 流れるようにゲームの中の彼と合流する。画面の中は雨戸の向こうの天気とは違い、真っ青な空が広がっている。
「お待たせ」
「っし! じゃあほら、これ。これやろうじゃん」
「やだ、こっち」
 えー、という彼の言葉を無視してクエストを選択していく。文句を言いつつも私の好きなようにやらせてくれるのは、参っている私に対する彼なりの気遣いだ。
「東」
「んー?」
「ありがとう」
「いいっつーの。このクエスト終わったらあっちのやつもやるじゃん?」
「ん」
 彼の声が雨音をかき消していく。先程まで確かに心に鎮座していた暗い気持ちは溶けて消え、気付けば朝になっていた。
 今日が休みでよかった、と二人で笑いながら電話を切る。すぽん、と音を鳴らしてやって来たメッセージには「起きたら昼飯!」とだけ書かれていた。
「…………起きたらって、何時だろう」
 くすりとしながらスタンプを送り、布団に潜る。
 結局起きたのは夕方。彼とはだいぶ遅い昼食もとい夕食を共に過ごすことになった。
▶とじる

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#異能警察 #青木春美

怪文章

のんき

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「ようこそ!迷冥市役所都市伝説課へ!」(作者:夜空様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作妄想SSです。
お題は「# リプもらった番号のワードを使って文を書く」からお借りしてます。
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 まろい頬に手を伸ばす、壊さないようにそっと。
 ふに、と指が沈んで返るその感触を楽しんでいると結梨の口からぷすぅと空気が漏れる。こんな場所に似合わないぐらい、気の抜けた顔。
 忘れられない、忘れることができないあの夏の日。
 今よりももっと小さくて柔らかかった頬をつんとつつく。人の持つべき体温を無くしたそれを、ただただつつく。つついて、つついて、それだけ。呼吸の仕方すら忘れたのか、そう思いながらそれから目を背ける。そこには俺の姿が描かれていた。

 すぅ、という寝息が聞こえて意識がじっとりと暑い夏の日から返ってくる。
 頬から手を離し頭の上にそっと置いて、やわらかな日差しの下、楽しい夢を見ているであろう彼の、自分とは違う黒を優しく撫でる。ボサついてきたところで手を離し、近くにあった毛布をかけてやる。
 くあ、と大きく口を開けながらゆらゆらと形を変えていく。二足から四足へ、黒と赤はそのままにとててとソファへと駆け上る。くるりと丸まりもう一つ大きな欠伸。
 今日も迷冥市役所都市伝説課は閑古鳥が鳴いている。
▶とじる

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#都市伝説課 #カミシロ

怪文章

君との距離は45センチより近い

その時の雰囲気で描いた自探索者夢小説風SS。
十二星座館牡牛座PC。

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 コツ、コツと規則正しく靴が鳴る。
 少しだけ先を行く彼の背中に言葉を投げる。
 誰だって良かったじゃないか、どうして自分だったのか──と。
「あなたが良い。それ以外の理由はないですよ」
 彼が振り向いて微笑む、それだけなのに体中の熱が顔に集まる。
「頬っぺた、真っ赤」
 ひんやりとしたものが頬に触れる。
 それが何かは考えなくてもわかる。
 くすくす笑う彼がちょっとだけ腹正しくて睨む。
 ごめん、と言うが謝るつもりはないようで、ふにふにと頬の感触を楽しむように指を動かしてくる。
 楽しそうに人の頬をいじる彼を見ているとムカついている自分が馬鹿らしく思えてくる。
 思わずため息をつくとピタリ、手が止まる。
「……怒ってます?」
 いいや、怒ってない……と素直に言う気にはならかった。
 彼の腕をぐいと引っ張る。
 わ、と体勢を崩した彼をその勢いのままぎゅうと抱きしめる。
「え……どうしたの?」
 先ほどまで余裕そうだった彼の声がわずかに揺れる。
 どうしてだと思う、と問えば彼はうぅんとわざとらしく唸ってみせて「君も僕が良いって、思ってくれたから?」とサラッと言ってのけた。
「もう、素直に言ってくれたらいいのに」
 するりと彼の腕が背中に回る。
「聖夜に誘うのは大事な人だけって、決めてるんです。だから誰でも良かったんでしょ、なんて言わないで?」
 ドク、ドクと心臓が鳴る。
 気が付けば熱は顔どころか全身に、そして彼の頬に伝わっていた。
▶とじる

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#アイン

怪文章

ちょっとだけ普通じゃない日

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「春を呪うひとへ」(作者:ごくつぶし様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
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 じゃあねと手を振って自分の道へ。いつもより少しはしゃぎながら、俺たちはあの十字路で別れた。リボン結びされたマフラーを揺らしながら三年間を頭の中で再生する。
 春に始まった俺の高校生活は次の春が来ると終わってしまう。けどそこで生まれた友情は確かにあって、それはこれからも続いていくんだろうな。なんの根拠もないのに、そう思った。

 あれから一年、一年だ。あっという間に春が来た。椿原とあの十字路で別れてから、それっきり。
 別に自分には椿原しか友達がいないわけではない、それでも俺の一番の友達はあいつだったはずなのに。もしかして怒らせるようなことをしてしまっただろうか。あぁもしかしてあの本借りたまんまだったのが原因?
「とはいえ未読無視は傷つくんだけど」
 毎日のように送っていたメッセージがあの日を境に一方的な近況報告になっていって、毎日一番上に並んでいた「椿原」の文字は下へ下へとどんどん下がっていく。そのたびに「元気?」と送って更新する。返事は今日も来ない。


 十年ぶりにゴッホの絵が日本に来るらしい。その話を聞いたのは新しい連絡先が二人増えてから一週間経った朝。展示会が来週から始まるようで、画面の向こうの司会者は熱心に紹介している。その声を右から左に受け流し、スマホを見る。時間は七時を指していた。

「うわ、人多っ……」
 一週間と少し経った土曜日。人の数は開催後の勢いのまま減ることはなかったらしい。
 ぶつからないように歩いて一枚の絵の前に立つ。
 今回の目玉の一つ、「夜のカフェテラス」。明るく光る太陽やひまわりと違って夜の風景を描いた一枚。夜といっても暗く重いわけじゃない。空には秋の星々が、地上にはカフェや建物から漏れ出すガス燈の明かりが道行く人々を照らしている。
 昔見たぐるぐるしたあの星とは違う、ぽつぽつと明るく優しく光る星。ゴッホが入院する前に描いた夜の景色は初めて見るはずなのに、なぜか懐かしかった。
「なぁなぁ、これお前が見たいって言ってたやつ?」
「違うよ、こっち」
 学生らしき少年たちの声が聞こえて思わず視線を絵から隣に移す。学生らしい少年たちはあの日の自分たちによく似ている。
「ゴッホって『ひまわり』のおっさんじゃないの。なんかめっちゃ夜の絵ばっかりじゃん」
「君が思っているよりゴッホは夜景を描いているんだよ」
「ふーん。……俺あんま詳しくないけどさ、お前がこれ好きってのはなんとなくわかるかも」
「なんとなく?」
「こう、光ってはいるけど静かな感じが」
「ふふ、そっか。君にはこの景色がそう見えるんだね」
「ん!」
 そう明るく答えた少年は「ごめん、トイレ! そこで見てて」と早足で離れていく。そこに残された大人しい少年は静かに絵を見つめている。
 少年の視線を追うようにもう一度、絵を見る。光っているけど静かな感じ、その言葉が頭の中でカラカラと回転する。そういえば、あの時自分は「星月夜」を見てなんて答えただろうか。そう確か、
「すごい、な」
「え……?」
「えっ! あ、ごめんな。口に出てた?」
「あ、はい」
 拾われると思っていなかった言葉が突然掬われて思わず横を見ると、少年も少し驚いたようにこちらを見ていた。
「……友達と来たの?」
 会話が続くと思っていなかったのであろう、少年はこちらを伺うように見ながら「はい」とだけ答えた。
「俺もさ、昔君たちみたいに来たんだ」
「……今日はお一人なんですか」
「うん」
「喧嘩でもしたんですか」
「ううん。そいついま海外にいると思うから」
「連絡とかって」
「取ってないよ。けどさ、便りがないのは良い便りだって言うじゃん?」
「あぁ、なるほど」
 ここは美術館、あまり長話をしては迷惑になる。それを思い出して「ごめん」の一言で話を切り上げて立ち去ろうとする俺に、隣の少年はぺこりとお辞儀だけ返した。
 ゆっくりと展示物を見て回って、最後にもう一度「夜のカフェテラス」の前へ。少年たちの姿はもちろんない。きっと彼らも見て回っていることだろう。
「あの人、どっちかというと春っぽくないですか?」
 そう菊池が言っていたのを思い出した。他の人もそう言うのだろうか。
(けど、やっぱり秋っぽいんだよな。椿原)
 根拠もくそもないけれど。俺が夏ならあいつは秋、月が綺麗な長い夜。明るい星は多くないけれど勇者の物語をなぞるように星座が並ぶ。冬の始まりを告げる季節。

 美術館から出ると冷たい風が頬を撫でていく。もう春だというのにまだ少し肌寒い。
 通知を切っていたスマホの電源を付ける。


 君と会わなくなって十年経った。親友だって思っているのは、いまでも変わらないよ。
 一緒にいろんなところへ行って、いろんなことを共有した青い君の傍にいるのが、いまを生きている俺でないことがとても寂しい。
 でも色づいた君が俺の知らないどこかで元気にやっているのであれば、それで良いです。
 借りたままの本は多分一生返せないとは思いますが、それについては目を瞑ってくれると助かります。
 ​今年の春は寒いので早く夏が来て欲しいと、陰日向に咲くひまわりは思っています……なんてね。


「今日、ゴッホの絵見てきた。お土産、ポストカードでいい?」
 一言、メッセージを送る。椿原と書かれたトーク画面には俺からの言葉で埋まっていた。
 返信は、多分もう来ない。
▶とじる

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#春を呪うひとへ #日向葵

怪文章

とけた。こぼさないで

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオと自陣を受けて書きたくなった妄想SSです。
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 日差しが強い、どうやら梅雨が明けたらしい。暑いのはあまり得意ではないが、こういう状況だと日中は少しばかり助かる。帽子を深くかぶり直しつつ隣を見る。袖を捲っている彼女の顔は少しばかり赤い。俺と違って彼女の装備はサングラス。いまの彼女に合う帽子がなかったから仕方がないとはいえ、このままでは病院の扉を叩くことになりかねない。
 人気が少なくカメラもなさそうな影まで彼女の腕を引っ張る。どうしたのだ、と言いたげな彼女の顔に手を伸ばそうとして、止まる。万が一にも顔を見られてはいけない。少し考えてから、被っていた帽子を外す。そしてそのまま彼女に顔を近づける。
 誰かがぎょっとこちらを見たかと思えば、しかめっ面でそそくさと離れていくのを視界の隅で捉えて笑う。そうだ、そのまま離れていってくれ。俺たちのことなんて見つけないでそのまま。

「帽子、浅葱さんが被っててください。少しだけでも違うでしょう。代わりにサングラス貸してください、ほら」

 え、でも、と言う彼女の顔からそっとサングラスを外す。こちらをじぃと見つめる露の玉と目が合う。

「いいから。本当は水分取ってもらった方がいいんでしょうけどこの辺り、人が多いんで。もう少し離れたところまで我慢してください」

 ね、と自分たちの顔を隠していた帽子を彼女に被せる。男物のそれだけが彼女から浮いて見える。

「いえ、こちらこそすみません。着る物も、どうにかできればいいんですけどそうも言っていられないので」

 彼女のサングラスをかけると視界が少し暗くなる。そうだよね、と頷く彼女は帽子を深く被り直している。来た道を見ると人と目が合う。向こうは気まずそうに去っていく。あの人には自分たちはどう見えたのだろうか。

「何だって良いじゃないですか。勘違いしてくれるのならそれはそれで助かります」

 当たり前のように彼女の腕をとり、歩く。この暑さにも関わらず彼女の体温は少しだけひんやりしている。気持ちいい。
 前からは学校帰りの小学生たちが走ってくる。彼らは元気よく自分たちの横を通り過ぎていく、そんなよくある光景。

「……だめですよ、アイスは諦めてください。言ったでしょう、人が多いんだって」

 よそ見をする彼女を咎めながら足を動かす。同じように忙しなく移動する人々はこちらのことなど見向きもしない。みんなそうだ。外れた道での行為は気になるのに大通りに出てしまえば何も目に入らない。あまりにもカラッとしていて、空気を吸うだけで乾いてしまう。前からやってくる人を避けながらも進んでいく。あぁ、暑いな。アイス、悪くはないけれど。糖分、良いな。だけど。

「えぇ……そんなに食べたいんですか。俺は良いです、いま食べるとのどが乾ききってしま……」

 つい、口を滑らせた。あぁしまった。先ほどまで自分に腕を引かれていた彼女が今度はこちらの腕を取って店へと向かっていく。普段ならこんな無茶しないのに。狭い歩道でのテイクアウト専門だからだろうか、客はその場にたまらずさっさと離れていく。だから大丈夫だなんて保証はないのに彼女はさぁとメニューを指さす。どうせこの人は自分が誘っておいて全部食べきらない、だから俺の好みをいつも聞いてくる。

「……じゃあ抹茶を」

 なるべく店員とは目を合わさず、最低限の言葉でやり取り。あまり好ましくない態度であっても、いまはそうする。

 アイス片手に彼女とわき道に逸れる。先ほどまで多さが嘘のように、人がいなくなる。遠くからは子どもの声。公園が近いのだろう、なるべくそちらかは遠ざかる。くい、と腕を引かれる。口を開こうとすると目線は俺の手元。先ほどまで形を保っていたそれがドロリと溶けていく。

「行儀悪いじゃないですか、食べ歩きなんて」

 そんな場合じゃない、と訴えかけてくる視線に負けて緑の山に口を付ける。ほのかな甘さと冷たさで、少しだけほっとする。

「えぇ、まぁおいしいですけど。ほら、浅葱さんも」

 彼女の方へと手を傾ける。つーっとアイスが溶けて落ちた。

「良かったですね、食べられて。けどこの出費大きいですよ。次の町でのご当地ドリンクはなしにしますから、そのつもりで」

 当分切り詰めないとと言うと、少しだけ申し訳なさそうな声色でそうだね、と返ってくる。出会ってすぐの俺ならばその反応に困ったかもしれない。けどいまはちゃんとわかる、この反応は別に申し訳なさから来ているものじゃないって。
 まだ日差しは強い。今の内に行けるところまで行こう。暗くなると案外動けないものだから。薄暗い視界の中、露草が揺れた。

「わかってますよ。ちゃんと二人で寝れる場所を探しますって」

 ぱり、とコーンを齧る。近くを子ども連れが楽しそうに通る。すると少女がくるりと振り向き俺たちを指さす。

「ねぇおかあさん。あのお姉さんのサングラス、あたしもほしい!」
「大きくなってからね」

 すみませんと母親がこちらにぺこりとお辞儀をして去っていく。ぺこりとお辞儀だけ返す。

「……行きましょうか」

 残ったコーンを口に放り込み、手についたカスを落とす。彼女は横に並び、頷いた。
▶とじる

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#金糸雀 #片桐剛

怪文章

俺の拳銃には弾が全弾入ってる

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオと自陣を受けて書きたくなった妄想SSです。
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 ──ぱん。
 気付いてた、聞こえた。

「ごめんね。……ばいばい」

 それなのに俺はそれを許してしまった。
 起きたくない、そう思ったのはいつぶりだろうか。
 ぬるりとした感触と、すんと鼻を掠める鉄の匂い。
 ああ嫌だ、これを認めてしまったら俺はどうすればいい?
 俺はあれから何も変わってない。変われてない。
 目を開く勇気がない。かけるべき言葉もない。
 隣にはもう、誰もいない。



 体を起こし、手錠を外す。どうやら夜中に降っていた雨は止んだらしい。
 浅葱さんはよく寝ている。起こすのは申し訳ないが、そろそろ行かないとまずい。
 立ち上がって、歩き出す。上着は汚れてしまったから置いていく。

「暖かい海がいいって……バカンスじゃないんですから。まぁこんな海と比べたらよっぽど良いですけど」
▶とじる

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#金糸雀 #片桐剛

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