いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

No.21

とけた。こぼさないで

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオと自陣を受けて書きたくなった妄想SSです。
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 日差しが強い、どうやら梅雨が明けたらしい。暑いのはあまり得意ではないが、こういう状況だと日中は少しばかり助かる。帽子を深くかぶり直しつつ隣を見る。袖を捲っている彼女の顔は少しばかり赤い。俺と違って彼女の装備はサングラス。いまの彼女に合う帽子がなかったから仕方がないとはいえ、このままでは病院の扉を叩くことになりかねない。
 人気が少なくカメラもなさそうな影まで彼女の腕を引っ張る。どうしたのだ、と言いたげな彼女の顔に手を伸ばそうとして、止まる。万が一にも顔を見られてはいけない。少し考えてから、被っていた帽子を外す。そしてそのまま彼女に顔を近づける。
 誰かがぎょっとこちらを見たかと思えば、しかめっ面でそそくさと離れていくのを視界の隅で捉えて笑う。そうだ、そのまま離れていってくれ。俺たちのことなんて見つけないでそのまま。

「帽子、浅葱さんが被っててください。少しだけでも違うでしょう。代わりにサングラス貸してください、ほら」

 え、でも、と言う彼女の顔からそっとサングラスを外す。こちらをじぃと見つめる露の玉と目が合う。

「いいから。本当は水分取ってもらった方がいいんでしょうけどこの辺り、人が多いんで。もう少し離れたところまで我慢してください」

 ね、と自分たちの顔を隠していた帽子を彼女に被せる。男物のそれだけが彼女から浮いて見える。

「いえ、こちらこそすみません。着る物も、どうにかできればいいんですけどそうも言っていられないので」

 彼女のサングラスをかけると視界が少し暗くなる。そうだよね、と頷く彼女は帽子を深く被り直している。来た道を見ると人と目が合う。向こうは気まずそうに去っていく。あの人には自分たちはどう見えたのだろうか。

「何だって良いじゃないですか。勘違いしてくれるのならそれはそれで助かります」

 当たり前のように彼女の腕をとり、歩く。この暑さにも関わらず彼女の体温は少しだけひんやりしている。気持ちいい。
 前からは学校帰りの小学生たちが走ってくる。彼らは元気よく自分たちの横を通り過ぎていく、そんなよくある光景。

「……だめですよ、アイスは諦めてください。言ったでしょう、人が多いんだって」

 よそ見をする彼女を咎めながら足を動かす。同じように忙しなく移動する人々はこちらのことなど見向きもしない。みんなそうだ。外れた道での行為は気になるのに大通りに出てしまえば何も目に入らない。あまりにもカラッとしていて、空気を吸うだけで乾いてしまう。前からやってくる人を避けながらも進んでいく。あぁ、暑いな。アイス、悪くはないけれど。糖分、良いな。だけど。

「えぇ……そんなに食べたいんですか。俺は良いです、いま食べるとのどが乾ききってしま……」

 つい、口を滑らせた。あぁしまった。先ほどまで自分に腕を引かれていた彼女が今度はこちらの腕を取って店へと向かっていく。普段ならこんな無茶しないのに。狭い歩道でのテイクアウト専門だからだろうか、客はその場にたまらずさっさと離れていく。だから大丈夫だなんて保証はないのに彼女はさぁとメニューを指さす。どうせこの人は自分が誘っておいて全部食べきらない、だから俺の好みをいつも聞いてくる。

「……じゃあ抹茶を」

 なるべく店員とは目を合わさず、最低限の言葉でやり取り。あまり好ましくない態度であっても、いまはそうする。

 アイス片手に彼女とわき道に逸れる。先ほどまで多さが嘘のように、人がいなくなる。遠くからは子どもの声。公園が近いのだろう、なるべくそちらかは遠ざかる。くい、と腕を引かれる。口を開こうとすると目線は俺の手元。先ほどまで形を保っていたそれがドロリと溶けていく。

「行儀悪いじゃないですか、食べ歩きなんて」

 そんな場合じゃない、と訴えかけてくる視線に負けて緑の山に口を付ける。ほのかな甘さと冷たさで、少しだけほっとする。

「えぇ、まぁおいしいですけど。ほら、浅葱さんも」

 彼女の方へと手を傾ける。つーっとアイスが溶けて落ちた。

「良かったですね、食べられて。けどこの出費大きいですよ。次の町でのご当地ドリンクはなしにしますから、そのつもりで」

 当分切り詰めないとと言うと、少しだけ申し訳なさそうな声色でそうだね、と返ってくる。出会ってすぐの俺ならばその反応に困ったかもしれない。けどいまはちゃんとわかる、この反応は別に申し訳なさから来ているものじゃないって。
 まだ日差しは強い。今の内に行けるところまで行こう。暗くなると案外動けないものだから。薄暗い視界の中、露草が揺れた。

「わかってますよ。ちゃんと二人で寝れる場所を探しますって」

 ぱり、とコーンを齧る。近くを子ども連れが楽しそうに通る。すると少女がくるりと振り向き俺たちを指さす。

「ねぇおかあさん。あのお姉さんのサングラス、あたしもほしい!」
「大きくなってからね」

 すみませんと母親がこちらにぺこりとお辞儀をして去っていく。ぺこりとお辞儀だけ返す。

「……行きましょうか」

 残ったコーンを口に放り込み、手についたカスを落とす。彼女は横に並び、頷いた。
▶とじる

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#金糸雀 #片桐剛

怪文章