片桐剛は浅葱つゆの夢を見るのか クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。 チマチマとココフォリアでやっていたRPログ。 基本一人遊びだけど、一部他PLがRPしに来てくれた部分があります。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ✄- – – 現行未通過× – – ✄ 「雨、止みませんね」 一本のビニール傘を二人で分け合う。 互いに肩を濡らしながらやって来たのは人の気配のない場所。 この雨だ、二人でこれ以上移動するのは厳しいものがある。 「え、何ですか急に」 ふふ、と笑い出した彼女を見る。 何が楽しいのだろうか。 「……水も滴るいい男だね、じゃないですよ。この状況で言うことですか?」 彼女は時折どうでもいいようなことで笑う。 それを知ったのはこうして二人で人目を避けるて歩くようになって随分と経ってからだ。 共に事件を追っていた頃は、こんな人だとは思っていなかった。 もちろん、悪い意味ではない。 「それを言うなら……あーいや、これはセクハラになるのでは……。あぁいえ、何でもないです。気にしないでください」 冗談には冗談で返すべきだろうか、そう思って口を開こうとして、やめる。 相手は年上の女性だ。こういった軽口を言ってしまうのはどうだろうかと自分の中の常識が出て行きそうになった言葉を喉の奥へと押し込んだ。 「そういえば前、浅葱さん言ってましたよね。雨は嫌いかって」 「そのときは確か濡れるから好きじゃないって答えたと思います。けど、いまは少しだけ好きになりました」 目を瞑り雨音に耳をやる。 「雨の日は花粉の量も少ないし、人もあまり外に出たがらない。何よりも、静かだから」 「昼間や人のいる場所ではまぁあまり変わりませんけど。ただ、いまみたいに夜の雨は 静かで良いなって思うんです。いっそ止まなければって思う程度には」 目を開く。 夜の雨、それと隣にはこちらの話を優しい表情で聞いている彼女。 安心する。それと同時にほんの少しだけ心がざわつく。何でだろうか。 ──何で、だろうか。わからない、いやわからなくていい。 雨の中。二人逃げて逃げて先へと向かう。終わりのない逃避行は心を蝕む。 けれど、それでも、こうやって心落ち着けられる瞬間はある。 だから大丈夫。まだ俺は歩いて行ける。 目が覚める。 空を見上げるとどうやら雨は止んだようだ。 少し離れたところから人の話す声が聞こえる。 そろそろ行くかと隣に話しかけようとして目を見開く。 彼女はそこにいなかった。 辺りを見渡し、もう一度自分の隣を見る。 それでもやはり彼女の姿はない。 ──当たり前だ。だって彼女は。 気付いている、本当は。 信じたくないのは自分だけだということを。 自分がどれだけどうしようもないのかを思い出す。 既に居ない人間を隣に置いたままここまで逃げてきたことを。 雨が止まないでほしい本当の理由を。 彼女の死を、自分の心の軋む音を、俺はまた理解してしまった。 自分の後悔から目を背けていたのが情けなくて、でも怖くて悔しくて寂しくて。 どうすれば良いのかなんて誰も教えてくれない。 悪い人となった人間の声なんて誰も聞かない。 そんな世界の隅っこで、俺は雨が止んでしまったことを恨んだ。 立ち上がりその場から離れる。 傘はその場に置いていく。俺一人に対して大きすぎるから。 *** 「今日は疲れたな……。ええ、流石にこうじっとりと暑いと嫌になりますね」 「雨は嫌いじゃなくなりましたけど、梅雨はそこまで…………浅葱さんのことじゃないですよ。何そんなにしゅんとしてるんですか」 「知ってますか。梅雨の語源」 「中国では梅の実が熟すのがこの時期なんです。それで梅の雨って言われるようになったそうです」 「確かに、日本でもよくこの時期は梅の手仕事とかテレビでやってたりしますもんね」 「そう、それで。『つゆ』の語源、他にも色々あるらしいんです」 はて、どういったものだっただろうか。 考えていると一瞬、隣にいた人影が揺らいだ気がした。思わず目を見開く。 もう一度見ると、陽炎にはちゃんと実体がある。そう、当たり前にちゃんと生きている人だ。何を寝ぼけたことを。 けど少し、不安に思った。 「……ぁ、いえ。なんでもないです、すみません。少しぼーっとしていました」 「それで……そう、『つゆ』の話でしたっけ……。 ……パッと思い出せなかったんですけど色々あって……」 言葉がコロコロ、心の中を転がっていく。 もうすぐ、つゆが明けてしまうそうだ。 *** 「今日も暑いですね。晴れている分には移動しやすいから良いですけど」 「……流石に急に降られると困りますね。ずぶ濡れだ」 「虹が綺麗だった? いや、まぁ、そうかもしれませんけど。それ以前に風邪引きそうですよこれだと」 「うわ、靴が……浅葱さんは大丈夫……じゃなさそうですね」 「梅雨、あけましたね」 一人、道の隅っこで空を見上げる。 嫌になるぐらい、良い天気だ。 暑い、暑い。 湿気が少し残る暑さはなんとも居心地が悪い。 最近浅葱さんはあまり喋らない。元々無口な方だけど多分それだけじゃない。 この暑さがそうさせているんだろう。 「ほら、もう少しですから」 波の音。潮の香り。 自分にはあまり馴染みのない場所だ。 「海、あなたが来たいと言ったんじゃないですか。忘れたんですか」 「友達、ですか? まぁ、一応いましたけど……多分もう向こうはそう思っていないんじゃないでしょうか」 「追われている身ですしね」 「……俺は、どうすれば良かったんでしょうね」 *** 「……あつい、ね」 「……夏は、あつい」 「……アイス、食べない?」 「本当に、嫌になるぐらい暑いですね」 「……アイス、この間食べたばかりじゃないですか」 「もう……この前食べたものはその日のうちに消えちゃったよ」 「今日、あつい、から」 「当たり前のことを言わないでください」 「片桐くんがこの前食べたって、いうから」 暑い、確かに暑い。 だがそう何度もアイスを買いに行っては足がつくかもしれない。 「む…………この前だって……ばれなかった」 むぅ、と少し拗ねた顔をしている 「運が良かっただけですよ。いつ捕まるかわかったもんじゃないんですから」 「うん……でも暑いよ」 堂々巡り。どうあがいても食べたい 「せめてもう少し人が少なくなってからじゃないとキツいですよ」 今日はいつもよりハッキリと彼女の声が聞こえてくる。 ……いつもこのくらい喋ってくれてもいいのにな。 *** 台風が来ていると街頭ニュースで知った。 どうりで雨が強いはずだ。 レインコートのフードを深く被る。 傘は先日置いて行ってしまったからない。 「あめあめ、ふれふれ……」 いつもなら隣から聞こえてくるはずの声が、今夜は聞こえてこない。 「……このまま夏なんて過ぎてしまえばいいのに」 ぽつりぽつり、一人歌う。 誰もその歌を聞くことはない。 連日痛いぐらいに照りつけてきた日差しはなく、涼しいどころか寒さすら感じるような日。 *** 久々の雨、いつもと変わらず足を進める。 終わりなんてものはなく、ただひたすら歩き続ける。 誰かに伝えるべき言葉を抱えながら。 でもその誰かに会うこともなく、ただ歩く。 本来ならもう少し穏やな気温でも良いとは思うが、そうはいかないらしい。 「……寒い」 あの夏からもうここまで来てしまった。 秋を飛び越えて冬を目の前にかじかんだ手にふっと息を吹きかける。 あれほど夏なんてなくなってしまえばいいと願っていた口で、訪れた冬を呪う。 嫌だな、早く暖かくなってくれないものだろうか。 ▶とじる ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ #金糸雀 #片桐剛 2022.7.3(Sun) 怪文章
クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。
チマチマとココフォリアでやっていたRPログ。
基本一人遊びだけど、一部他PLがRPしに来てくれた部分があります。
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「雨、止みませんね」
一本のビニール傘を二人で分け合う。
互いに肩を濡らしながらやって来たのは人の気配のない場所。
この雨だ、二人でこれ以上移動するのは厳しいものがある。
「え、何ですか急に」
ふふ、と笑い出した彼女を見る。
何が楽しいのだろうか。
「……水も滴るいい男だね、じゃないですよ。この状況で言うことですか?」
彼女は時折どうでもいいようなことで笑う。
それを知ったのはこうして二人で人目を避けるて歩くようになって随分と経ってからだ。
共に事件を追っていた頃は、こんな人だとは思っていなかった。
もちろん、悪い意味ではない。
「それを言うなら……あーいや、これはセクハラになるのでは……。あぁいえ、何でもないです。気にしないでください」
冗談には冗談で返すべきだろうか、そう思って口を開こうとして、やめる。
相手は年上の女性だ。こういった軽口を言ってしまうのはどうだろうかと自分の中の常識が出て行きそうになった言葉を喉の奥へと押し込んだ。
「そういえば前、浅葱さん言ってましたよね。雨は嫌いかって」
「そのときは確か濡れるから好きじゃないって答えたと思います。けど、いまは少しだけ好きになりました」
目を瞑り雨音に耳をやる。
「雨の日は花粉の量も少ないし、人もあまり外に出たがらない。何よりも、静かだから」 「昼間や人のいる場所ではまぁあまり変わりませんけど。ただ、いまみたいに夜の雨は 静かで良いなって思うんです。いっそ止まなければって思う程度には」
目を開く。
夜の雨、それと隣にはこちらの話を優しい表情で聞いている彼女。
安心する。それと同時にほんの少しだけ心がざわつく。何でだろうか。
──何で、だろうか。わからない、いやわからなくていい。
雨の中。二人逃げて逃げて先へと向かう。終わりのない逃避行は心を蝕む。
けれど、それでも、こうやって心落ち着けられる瞬間はある。
だから大丈夫。まだ俺は歩いて行ける。
目が覚める。
空を見上げるとどうやら雨は止んだようだ。
少し離れたところから人の話す声が聞こえる。
そろそろ行くかと隣に話しかけようとして目を見開く。
彼女はそこにいなかった。
辺りを見渡し、もう一度自分の隣を見る。
それでもやはり彼女の姿はない。
──当たり前だ。だって彼女は。
気付いている、本当は。
信じたくないのは自分だけだということを。
自分がどれだけどうしようもないのかを思い出す。
既に居ない人間を隣に置いたままここまで逃げてきたことを。
雨が止まないでほしい本当の理由を。
彼女の死を、自分の心の軋む音を、俺はまた理解してしまった。
自分の後悔から目を背けていたのが情けなくて、でも怖くて悔しくて寂しくて。
どうすれば良いのかなんて誰も教えてくれない。
悪い人となった人間の声なんて誰も聞かない。
そんな世界の隅っこで、俺は雨が止んでしまったことを恨んだ。
立ち上がりその場から離れる。
傘はその場に置いていく。俺一人に対して大きすぎるから。
***
「今日は疲れたな……。ええ、流石にこうじっとりと暑いと嫌になりますね」
「雨は嫌いじゃなくなりましたけど、梅雨はそこまで…………浅葱さんのことじゃないですよ。何そんなにしゅんとしてるんですか」
「知ってますか。梅雨の語源」
「中国では梅の実が熟すのがこの時期なんです。それで梅の雨って言われるようになったそうです」
「確かに、日本でもよくこの時期は梅の手仕事とかテレビでやってたりしますもんね」
「そう、それで。『つゆ』の語源、他にも色々あるらしいんです」
はて、どういったものだっただろうか。
考えていると一瞬、隣にいた人影が揺らいだ気がした。思わず目を見開く。
もう一度見ると、陽炎にはちゃんと実体がある。そう、当たり前にちゃんと生きている人だ。何を寝ぼけたことを。
けど少し、不安に思った。
「……ぁ、いえ。なんでもないです、すみません。少しぼーっとしていました」
「それで……そう、『つゆ』の話でしたっけ……。
……パッと思い出せなかったんですけど色々あって……」
言葉がコロコロ、心の中を転がっていく。
もうすぐ、つゆが明けてしまうそうだ。
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「今日も暑いですね。晴れている分には移動しやすいから良いですけど」
「……流石に急に降られると困りますね。ずぶ濡れだ」
「虹が綺麗だった? いや、まぁ、そうかもしれませんけど。それ以前に風邪引きそうですよこれだと」
「うわ、靴が……浅葱さんは大丈夫……じゃなさそうですね」
「梅雨、あけましたね」
一人、道の隅っこで空を見上げる。
嫌になるぐらい、良い天気だ。
暑い、暑い。
湿気が少し残る暑さはなんとも居心地が悪い。
最近浅葱さんはあまり喋らない。元々無口な方だけど多分それだけじゃない。
この暑さがそうさせているんだろう。
「ほら、もう少しですから」
波の音。潮の香り。
自分にはあまり馴染みのない場所だ。
「海、あなたが来たいと言ったんじゃないですか。忘れたんですか」
「友達、ですか? まぁ、一応いましたけど……多分もう向こうはそう思っていないんじゃないでしょうか」
「追われている身ですしね」
「……俺は、どうすれば良かったんでしょうね」
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「……あつい、ね」
「……夏は、あつい」
「……アイス、食べない?」
「本当に、嫌になるぐらい暑いですね」
「……アイス、この間食べたばかりじゃないですか」
「もう……この前食べたものはその日のうちに消えちゃったよ」
「今日、あつい、から」
「当たり前のことを言わないでください」
「片桐くんがこの前食べたって、いうから」
暑い、確かに暑い。
だがそう何度もアイスを買いに行っては足がつくかもしれない。
「む…………この前だって……ばれなかった」
むぅ、と少し拗ねた顔をしている
「運が良かっただけですよ。いつ捕まるかわかったもんじゃないんですから」
「うん……でも暑いよ」
堂々巡り。どうあがいても食べたい
「せめてもう少し人が少なくなってからじゃないとキツいですよ」
今日はいつもよりハッキリと彼女の声が聞こえてくる。
……いつもこのくらい喋ってくれてもいいのにな。
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台風が来ていると街頭ニュースで知った。
どうりで雨が強いはずだ。
レインコートのフードを深く被る。
傘は先日置いて行ってしまったからない。
「あめあめ、ふれふれ……」
いつもなら隣から聞こえてくるはずの声が、今夜は聞こえてこない。
「……このまま夏なんて過ぎてしまえばいいのに」
ぽつりぽつり、一人歌う。
誰もその歌を聞くことはない。
連日痛いぐらいに照りつけてきた日差しはなく、涼しいどころか寒さすら感じるような日。
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久々の雨、いつもと変わらず足を進める。
終わりなんてものはなく、ただひたすら歩き続ける。
誰かに伝えるべき言葉を抱えながら。
でもその誰かに会うこともなく、ただ歩く。
本来ならもう少し穏やな気温でも良いとは思うが、そうはいかないらしい。
「……寒い」
あの夏からもうここまで来てしまった。
秋を飛び越えて冬を目の前にかじかんだ手にふっと息を吹きかける。
あれほど夏なんてなくなってしまえばいいと願っていた口で、訪れた冬を呪う。
嫌だな、早く暖かくなってくれないものだろうか。
▶とじる
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#金糸雀 #片桐剛