ちょっとだけ普通じゃない日 クトゥルフ神話TRPGシナリオ「春を呪うひとへ」(作者:ごくつぶし様)のネタバレがあります。 探索者の二次創作です。 あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ✄- – – 現行未通過× – – ✄ じゃあねと手を振って自分の道へ。いつもより少しはしゃぎながら、俺たちはあの十字路で別れた。リボン結びされたマフラーを揺らしながら三年間を頭の中で再生する。 春に始まった俺の高校生活は次の春が来ると終わってしまう。けどそこで生まれた友情は確かにあって、それはこれからも続いていくんだろうな。なんの根拠もないのに、そう思った。 あれから一年、一年だ。あっという間に春が来た。椿原とあの十字路で別れてから、それっきり。 別に自分には椿原しか友達がいないわけではない、それでも俺の一番の友達はあいつだったはずなのに。もしかして怒らせるようなことをしてしまっただろうか。あぁもしかしてあの本借りたまんまだったのが原因? 「とはいえ未読無視は傷つくんだけど」 毎日のように送っていたメッセージがあの日を境に一方的な近況報告になっていって、毎日一番上に並んでいた「椿原」の文字は下へ下へとどんどん下がっていく。そのたびに「元気?」と送って更新する。返事は今日も来ない。 十年ぶりにゴッホの絵が日本に来るらしい。その話を聞いたのは新しい連絡先が二人増えてから一週間経った朝。展示会が来週から始まるようで、画面の向こうの司会者は熱心に紹介している。その声を右から左に受け流し、スマホを見る。時間は七時を指していた。 「うわ、人多っ……」 一週間と少し経った土曜日。人の数は開催後の勢いのまま減ることはなかったらしい。 ぶつからないように歩いて一枚の絵の前に立つ。 今回の目玉の一つ、「夜のカフェテラス」。明るく光る太陽やひまわりと違って夜の風景を描いた一枚。夜といっても暗く重いわけじゃない。空には秋の星々が、地上にはカフェや建物から漏れ出すガス燈の明かりが道行く人々を照らしている。 昔見たぐるぐるしたあの星とは違う、ぽつぽつと明るく優しく光る星。ゴッホが入院する前に描いた夜の景色は初めて見るはずなのに、なぜか懐かしかった。 「なぁなぁ、これお前が見たいって言ってたやつ?」 「違うよ、こっち」 学生らしき少年たちの声が聞こえて思わず視線を絵から隣に移す。学生らしい少年たちはあの日の自分たちによく似ている。 「ゴッホって『ひまわり』のおっさんじゃないの。なんかめっちゃ夜の絵ばっかりじゃん」 「君が思っているよりゴッホは夜景を描いているんだよ」 「ふーん。……俺あんま詳しくないけどさ、お前がこれ好きってのはなんとなくわかるかも」 「なんとなく?」 「こう、光ってはいるけど静かな感じが」 「ふふ、そっか。君にはこの景色がそう見えるんだね」 「ん!」 そう明るく答えた少年は「ごめん、トイレ! そこで見てて」と早足で離れていく。そこに残された大人しい少年は静かに絵を見つめている。 少年の視線を追うようにもう一度、絵を見る。光っているけど静かな感じ、その言葉が頭の中でカラカラと回転する。そういえば、あの時自分は「星月夜」を見てなんて答えただろうか。そう確か、 「すごい、な」 「え……?」 「えっ! あ、ごめんな。口に出てた?」 「あ、はい」 拾われると思っていなかった言葉が突然掬われて思わず横を見ると、少年も少し驚いたようにこちらを見ていた。 「……友達と来たの?」 会話が続くと思っていなかったのであろう、少年はこちらを伺うように見ながら「はい」とだけ答えた。 「俺もさ、昔君たちみたいに来たんだ」 「……今日はお一人なんですか」 「うん」 「喧嘩でもしたんですか」 「ううん。そいついま海外にいると思うから」 「連絡とかって」 「取ってないよ。けどさ、便りがないのは良い便りだって言うじゃん?」 「あぁ、なるほど」 ここは美術館、あまり長話をしては迷惑になる。それを思い出して「ごめん」の一言で話を切り上げて立ち去ろうとする俺に、隣の少年はぺこりとお辞儀だけ返した。 ゆっくりと展示物を見て回って、最後にもう一度「夜のカフェテラス」の前へ。少年たちの姿はもちろんない。きっと彼らも見て回っていることだろう。 「あの人、どっちかというと春っぽくないですか?」 そう菊池が言っていたのを思い出した。他の人もそう言うのだろうか。 (けど、やっぱり秋っぽいんだよな。椿原) 根拠もくそもないけれど。俺が夏ならあいつは秋、月が綺麗な長い夜。明るい星は多くないけれど勇者の物語をなぞるように星座が並ぶ。冬の始まりを告げる季節。 美術館から出ると冷たい風が頬を撫でていく。もう春だというのにまだ少し肌寒い。 通知を切っていたスマホの電源を付ける。 君と会わなくなって十年経った。親友だって思っているのは、いまでも変わらないよ。 一緒にいろんなところへ行って、いろんなことを共有した青い君の傍にいるのが、いまを生きている俺でないことがとても寂しい。 でも色づいた君が俺の知らないどこかで元気にやっているのであれば、それで良いです。 借りたままの本は多分一生返せないとは思いますが、それについては目を瞑ってくれると助かります。 今年の春は寒いので早く夏が来て欲しいと、陰日向に咲くひまわりは思っています……なんてね。 「今日、ゴッホの絵見てきた。お土産、ポストカードでいい?」 一言、メッセージを送る。椿原と書かれたトーク画面には俺からの言葉で埋まっていた。 返信は、多分もう来ない。 ▶とじる ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ #春を呪うひとへ #日向葵 2021.7.25(Sun) 怪文章
クトゥルフ神話TRPGシナリオ「春を呪うひとへ」(作者:ごくつぶし様)のネタバレがあります。
探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
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じゃあねと手を振って自分の道へ。いつもより少しはしゃぎながら、俺たちはあの十字路で別れた。リボン結びされたマフラーを揺らしながら三年間を頭の中で再生する。
春に始まった俺の高校生活は次の春が来ると終わってしまう。けどそこで生まれた友情は確かにあって、それはこれからも続いていくんだろうな。なんの根拠もないのに、そう思った。
あれから一年、一年だ。あっという間に春が来た。椿原とあの十字路で別れてから、それっきり。
別に自分には椿原しか友達がいないわけではない、それでも俺の一番の友達はあいつだったはずなのに。もしかして怒らせるようなことをしてしまっただろうか。あぁもしかしてあの本借りたまんまだったのが原因?
「とはいえ未読無視は傷つくんだけど」
毎日のように送っていたメッセージがあの日を境に一方的な近況報告になっていって、毎日一番上に並んでいた「椿原」の文字は下へ下へとどんどん下がっていく。そのたびに「元気?」と送って更新する。返事は今日も来ない。
十年ぶりにゴッホの絵が日本に来るらしい。その話を聞いたのは新しい連絡先が二人増えてから一週間経った朝。展示会が来週から始まるようで、画面の向こうの司会者は熱心に紹介している。その声を右から左に受け流し、スマホを見る。時間は七時を指していた。
「うわ、人多っ……」
一週間と少し経った土曜日。人の数は開催後の勢いのまま減ることはなかったらしい。
ぶつからないように歩いて一枚の絵の前に立つ。
今回の目玉の一つ、「夜のカフェテラス」。明るく光る太陽やひまわりと違って夜の風景を描いた一枚。夜といっても暗く重いわけじゃない。空には秋の星々が、地上にはカフェや建物から漏れ出すガス燈の明かりが道行く人々を照らしている。
昔見たぐるぐるしたあの星とは違う、ぽつぽつと明るく優しく光る星。ゴッホが入院する前に描いた夜の景色は初めて見るはずなのに、なぜか懐かしかった。
「なぁなぁ、これお前が見たいって言ってたやつ?」
「違うよ、こっち」
学生らしき少年たちの声が聞こえて思わず視線を絵から隣に移す。学生らしい少年たちはあの日の自分たちによく似ている。
「ゴッホって『ひまわり』のおっさんじゃないの。なんかめっちゃ夜の絵ばっかりじゃん」
「君が思っているよりゴッホは夜景を描いているんだよ」
「ふーん。……俺あんま詳しくないけどさ、お前がこれ好きってのはなんとなくわかるかも」
「なんとなく?」
「こう、光ってはいるけど静かな感じが」
「ふふ、そっか。君にはこの景色がそう見えるんだね」
「ん!」
そう明るく答えた少年は「ごめん、トイレ! そこで見てて」と早足で離れていく。そこに残された大人しい少年は静かに絵を見つめている。
少年の視線を追うようにもう一度、絵を見る。光っているけど静かな感じ、その言葉が頭の中でカラカラと回転する。そういえば、あの時自分は「星月夜」を見てなんて答えただろうか。そう確か、
「すごい、な」
「え……?」
「えっ! あ、ごめんな。口に出てた?」
「あ、はい」
拾われると思っていなかった言葉が突然掬われて思わず横を見ると、少年も少し驚いたようにこちらを見ていた。
「……友達と来たの?」
会話が続くと思っていなかったのであろう、少年はこちらを伺うように見ながら「はい」とだけ答えた。
「俺もさ、昔君たちみたいに来たんだ」
「……今日はお一人なんですか」
「うん」
「喧嘩でもしたんですか」
「ううん。そいついま海外にいると思うから」
「連絡とかって」
「取ってないよ。けどさ、便りがないのは良い便りだって言うじゃん?」
「あぁ、なるほど」
ここは美術館、あまり長話をしては迷惑になる。それを思い出して「ごめん」の一言で話を切り上げて立ち去ろうとする俺に、隣の少年はぺこりとお辞儀だけ返した。
ゆっくりと展示物を見て回って、最後にもう一度「夜のカフェテラス」の前へ。少年たちの姿はもちろんない。きっと彼らも見て回っていることだろう。
「あの人、どっちかというと春っぽくないですか?」
そう菊池が言っていたのを思い出した。他の人もそう言うのだろうか。
(けど、やっぱり秋っぽいんだよな。椿原)
根拠もくそもないけれど。俺が夏ならあいつは秋、月が綺麗な長い夜。明るい星は多くないけれど勇者の物語をなぞるように星座が並ぶ。冬の始まりを告げる季節。
美術館から出ると冷たい風が頬を撫でていく。もう春だというのにまだ少し肌寒い。
通知を切っていたスマホの電源を付ける。
君と会わなくなって十年経った。親友だって思っているのは、いまでも変わらないよ。
一緒にいろんなところへ行って、いろんなことを共有した青い君の傍にいるのが、いまを生きている俺でないことがとても寂しい。
でも色づいた君が俺の知らないどこかで元気にやっているのであれば、それで良いです。
借りたままの本は多分一生返せないとは思いますが、それについては目を瞑ってくれると助かります。
今年の春は寒いので早く夏が来て欲しいと、陰日向に咲くひまわりは思っています……なんてね。
「今日、ゴッホの絵見てきた。お土産、ポストカードでいい?」
一言、メッセージを送る。椿原と書かれたトーク画面には俺からの言葉で埋まっていた。
返信は、多分もう来ない。
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