いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

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「生きるって、大変だ」

探索者の二次創作妄想SSです。
通過シナリオに直接関係はないですが、少しでもネタバレなどが気になるようであれば避けてください。
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 ぷか、ぷか、ぷか。
 水槽の中を泳ぐ朱を追って右、左。
「…………楽しい?」
 水を取り込んで、酸素を吸って、それだけ。
 何か考えているのだろうか、それとも何も考えていないのだろうか。
 どちらにせよ。目の前をすいすいと通過していく彼らは、自分たちを眺めている視線のことなど意識すらしていない。
 小さな小さな世界の中、いつか呼吸を止めるその時までただそこで漂うだけ。
(……でも、それで十分……なんだよな)

 たまに思う。自分も向こう側に在れたらと。
 鉢の中から掬いあげられた金魚は息ができない。
 当たり前だ。だって外には水がない。
 人間の形をしている自分は、水がなくても呼吸をすること自体はできる。一応。
 でも怠惰な自分は、息を吸って吐くという行動すらしたくないと思う夜を知っている。
 痛い、苦しい、そういう感情で溢れているこの世界で自分を生かすのは、辛い。
「……出たいって言ったのは、俺なのに」
 水槽の傍。広い広い世界の片隅で、爛れた体が動かなくなるのを待つしかない小さな朱を見つめる。
 虚ろな目をした金魚はピチ、とヒレを動かして、止まった。
「後悔はしてない、んだけど…………」
 どうしてこうも振り返ってしまうのだろうね。
▶とじる

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#あトの祀リ #楪梓羽

怪文章

十五夜ではなくて

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「空蝉の如く」(作者:トドノツマリ海峡様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
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※シナリオ世界観読んでて式神の前世について記述があったところから派生した妄想
※ふんわりとしたいじめの話が入ってます
※でもあくまでチラ裏なので全体的にふんわりかつ消化不良で終わります

***

 昔から耳が良かった。
 ドライヤーや掃除機の音に対して突き刺さるような痛みを感じたり、電車や車のクラクションで心臓がギュッと縮こまってしまったり。とにかく不便で苦痛だった。

 何よりも困るのは、人の“内緒話”を拾ってしまうこと。

「あの子には内緒だよ」
 そこに込められている音が明るいものなら何も感じない。
 けれど大抵はじっとりと重苦しいものばかりで。
 勝手に拾ってしまっているのは自分の方だから、話をしているあの子たちからしたら僕の方がポッと出てきた羽虫だ。
 でも、それでも。聞かされている僕からしたらコソコソ、ヒソヒソと囁く声が煩わしいものだった。

 中学二年の夏。
 クラスの誰かさんが言った。
「隣のクラスの……くん、あの子のことが……」
「えー!? そうなの?」
「しぃー! 静かに!」
 誰にも聞かせないように、その誰かは僕に……ではなく別の誰かの耳元でそっと、紡いだ。
「だからさぁ、あの子にさ……」

 次の時間は体育だから男女別の教室で着替えをする。
 僕は男子だから隣のクラスで着替えなきゃいけなくて。
 扉を開けば、あぁあの会話に出てきた彼もいる。
 何となくその姿を眺めていれば視線が交わった。
「? どうかした?」
「──ううん、何でもない。ごめん」
 僕にも君にも関係ない。そう、関係ないんだ。
 彼女たちがこの後何をするのかなんて。

 ……関係ない、って思っていたんだけどな。

 あの日の体育の後。
 悪い顔をした誰かさんが「財布がない」と騒ぎ立てて。
 何も知らないあの子の鞄からそれが出てきて。
 みんなが疑いの視線をあの子に向けて。
 「違うの」「私じゃない」そう言って泣く彼女を、僕は見ているしかできなくて。
 暫くして先生があの子を連れて出て行って。
 そのままあの子は、この教室に帰ってこなかった。

「彼女が、あの子の鞄に自分の財布を入れてたよ」
 そう一言、言ってあげられたら、何か変わったのかな。
 なんて。思ったところで僕にはどうすることもできない。
 当事者じゃないから。本当に見ていたわけではないから。
 ──何よりも僕は、臆病だったから。
 あの子に向けられる疑念の視線が自分に向くのが嫌だった。怖かった。だから見捨てた。
 聞いたことに蓋をして、そこには何もいないのだと目を閉じた。

 そうして気付けば教室からは一つ、席がなくなった。

「……」
 ごめんなさい、と心の中で呟いても誰も聞きやしない。
 ちゃんと声に出さなきゃ誰にも伝わらない。
 結局、この言葉を音に乗せることはできずに新しい夏を迎えた。

***

 ブォォと通り過ぎていく車。
 ガタンゴトンと走る電車。
 ミンミンと鳴くセミの声。
 そこに混じって聞こえたグチャ、と何かが潰れた音。

 あの音が何の音だったのかは深く考えないことにした。
 あの日と同じように、蓋をした。

***
▶とじる

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耳が良すぎた男の子
中学までは都会に住んでいたが色々と辛くなってしまったため、高校からは田舎の祖父母のもとで過ごすようになる
祖父母の趣味が散歩と和歌だった(山が近くにあるかもしれないから天気を読むのもちょっと得意になる)

なんて設定から前世SS始めて区切りがわからず終わりました。
前世の名前は望月満くんとかじゃないですかね。満月。名前負けかな。

都会の学校で女子のいじめを見て見ぬふりをしてしまったことを一生悔いて残りの人生過ごしたのかな~なんて思ってます。
夏になる度、自分が見捨てたあの子がチラつくことになるし責められる。あの子の方は別に何もしなかった彼のことをなんとも思ってないしその他大勢として認識していないと思うけどね。だからメンタルはやられがち。これは低SAN値高アイデア男。
それ以外は耳が良すぎるだけで普通の人みたいに暮らしてたのをイメージしてます。

でももしかしたら何度も似たような経験をしてきた人生かもしれない。
ほにという生き物、賢い生き物だから自分が(場合によっては関係する人を含む)無事に過ごすための立ち回りはきっと得意そうなので。
あの日何もしないで見てるだけ、を選択したのも彼なりの教室内での生存戦略だったと思う。それが良いことは別として。

だからこそ、式神としての十六夜は見て見ぬふりだけじゃいられなくなって一歩踏み出せるようになったのは前世よりも成長したところじゃなかろうか~なんて。まあ現世ではみんながいるからね!
▶とじる

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#空蝉 #十六夜

怪文章

見学理由:腹痛

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「あトの祀リ」(作者:つきのわむく様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
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「──じゃあ始めるぞー!」
 蝉の鳴き声と共に始まりの合図が聞こえる。
 本日晴天、悲しいことに真夏日和。
 日差しが照っている中で俺は一人、プールサイドでクラスメイトたちがワイワイとしながら泳いでいるのをただただ眺めているだけ。
(……何で今日、こんな暑いの)
 授業内容を簡潔にノートにまとめつつ、ズキズキと痛む腹をジャージの上から撫でる。
(いっそ保健室で休んでるって言えば良かった)

 今朝。
 いつも通り寝坊したであろう誰かさんを迎えに来た道を引き返していると「おい」と後ろから声がかかった。
「…………今なら出席、間に合うんじゃない」
 振り返らずともわかる、その人……勝はハッと鼻で笑った後「お前こそ、何サボろうとしてんの」とこちらの肩をぐいと掴む。
「別に、サボりじゃない」
「……“まぁくん”を起こしに行こうってか?」
「わかってるんだったらどいてよ」
「なァんでお前の言うこと聞かなきゃいけねぇんだよ」
 ぎり、と肩に置かれた手に力が籠っているのが伝わってきて、これはもう逃げられないなと悟る。小さくため息をついて抵抗の意思を心の底に追いやる。
「──で、どこまで行けばいい?」
 真っ赤な彼の瞳を見れば、返ってきたのは大きな舌打ち。そして来い、と言わんばかりに人気の少ない場所まで引き摺られる羽目となった。

(…………あ、まぁくん)
 泳いでいた真央がこちらに手を振っているのが見え、少し微笑みながら振り返す。
 彼の様子に気付いたからなのか、文悠や茜もこちらを気遣うような雰囲気を出しながら手を振ってくる。
(いいな。向こう、気持ちよさそう)
 青と赤と紫と。それから残っているかもしれない白。
 服の下に広がる色さえなければ自分もみんなと一緒に涼めていただろうか。
 いまここにいない誰かさんを浮かべながら、重い息を吐く。
(…………泳ぎ方、忘れてないといいな)
▶とじる

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#あトの祀リ #楪梓羽

怪文章

食べれないのはあの子も同じだった

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「あトの祀リ」(作者:つきのわむく様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
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 少しだけだから。
 そう大人たちに駄々をこねてようやく訪れた柳田家。通してもらった先には、布団の中でけほけほと軽い咳をする勝の姿があった。
よ、と顔を出せば彼は驚いたように体を起こしてこちらを見る。
「しぃくん、どうして?」
「風邪ひいたって、聞いたから」
 そう言って祭りで買った落書きせんべいを勝に手渡す。
「はい、これ。おみやげ」
「いいの?」
 いいよ、と頷けば彼は袋の中身を取り出してわぁ……と声を上げた。
「まさるにあげるやつだから、ちゃんとまさるっぽくした」
 どう? そう問えばと少し困ったような様子を彼は見せる。どうしてそんな顔をするのだろうかと首を傾げて「似てなかった?」と問えば、そんなことはない、と彼は勢いよく首を振った。
「ただ、もったいなくて食べれないなぁって……」
「あぁ……お祭りじゃないと食べれないしね」
 それもあるけど、と彼の視線はせんべいとこちらとを行き来する。
「その、しぃくんが僕のこと描いてくれたのが嬉しくて」
「? そうなの?」
 少し眉を下げて笑いながらせんべいを盆の上に置く彼を見てそれなら、と口を開く。
「言ってくれればいつでも描くよ」
「! ほんと?」
「こんなことで嘘つかない」
 ただの似顔絵一つで大げさだなんて思いながらほら、と小指を差し出す。
「心配なら約束、しとく?」
「……する!」
 するりと自分より小さい小指が絡まる。
「嘘ついたら…………んー……なにして欲しい?」
「え、と……うぅん……」
 うんうんと考えても中々答えは出なくて。しばらく二人してどうする? と睨めっこをしていればくしゅん、と勝が小さくくしゃみをした。
「あ、ごめん。無理させた?」
「へ、平気だよ! ちょっとむずむずしただけ」
「でももう寝た方がいいよ」
 勝の小指から自分の指を抜き取り「嘘ついた時のおしおきは考えといて」と言って立ち上がる。
「待って、」
「俺いたらまさる、寝れないでしょ?」
「そんなこと、ない……」
 あるやつじゃん、と追い打ちをかけようとして口を閉じる。体調が悪い時ほど人恋しく気持ちはわかるから。
「……そしたらあと、ちょっとだけ」
 母さんたちが呼びに来るまでね、と付け加えれば彼はほっと息をついて微笑んだ。
「──あ、紙と鉛筆ない?」
「? 机にあるよ」
 貸して、と一言言って彼の指指した方へと近寄る。
「しぃくん?」
「ん。ちょっと待って」
 ペン立てに刺さっていた鉛筆を手に取り、机の上にあった真っ白な紙の上に輪郭を描いていく。瞳は近くにあった赤鉛筆で色付けて、完成。大して絵が上手いわけではないけれど、この絵一つで喜ぶなら安いものだ。
 はい、と彼にそれを渡せばわかりやすく喜びの声を発した。
「わ……これ!」
「これでおしおき考える必要、ないでしょ?」
 そう言えば「ありがとう、しぃくん」と彼はこちらに満面の笑みを向けた。
「この絵、大事にするね!」
「それにこうすればおせんべい、食べられるよ」
「! うん、そうだね」
 でもやっぱりもったいないや、と苦笑しながらも嬉しそうにしている様子を見てなんとなく自分も嬉しくなった。
▶とじる

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#あトの祀リ #楪梓羽

怪文章

考え始めると歩みを止めてしまう癖がある

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「あトの祀リ」(作者:つきのわむく様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでもリプレイじゃなくて妄想SS。
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 クローゼットの中を開け、目を見開く。
「な、んで……」
 昨日確かに無くなっていたはずの服が、彼──柳田勝──の香りを纏った状態でそこにあった。
バン、と戸を閉めるけれどもう手遅れで。認識した途端そこにないはずの赤が、心の中に広がっていく。
 この数日で積み重なった不安と困惑が綯い交ぜになって押し寄せて、潰されそうになる。
(服盗ったのはやっぱり……でも、あの写真置いていったのも……)
 その場で膝を抱えてうずくまり何で、何でと小さく声を漏らしても誰もそれを拾うことはない。
(先生の家に、いた理由……。燃やしたのは本当に、勝、なのか……?)
 彼の行動が、そうする理由が、何一つ、わからない。
 自分を害したいだけの存在だと思っていたのに、その行為に意味を含ませてきたことが心の隅に引っかかったまま取れない。
(…………あいつから話を聞き出せたら、みんなの助けになれたかもしれないのに……)
 重いため息をつく。駄目だ、これ以上考えたとしても答えは出てこない。答えをくれる人間はいないのだから。
(どう、しよう。とりあえず写真と資料は明日みんなに見せて……とはいえ、もうわかってたようなもんだけど……)
 グリグリと腕におでこを押し付けながら自分のできることをと思考を巡らせるも、鼻についた香りが取れなくて意識が逸れる。

 ふと、昼間の会話を思い出す。

 知らなかった、みんなのこと。
 知ってしまった、みんなが理不尽な目や辛い目にあっていること。

 あれだけ一緒にいたのに、自分のことでいっぱいいっぱいで何一つ周りのことが見えていなかったのに気付かされた。だからこそ、いまからでも間に合うなら手助けしたいと思う。俺にとって大切な友達だから。
(辛いのは、みんな嫌だろうから)
 自分の意思を伝え損ねていたのを思い出し、少し後悔する。あの場でしっかりと言葉にしなければいけなかったのに。
(……改めて、言わないとだよな。昼間、ハッキリ言ってなかったし)
 じわじわと心に広がった赤い染みが薄く馴染み始めた頃、携帯の着信音が部屋に響く。
そっと手を伸ばし画面を見るとそこには茜からの一斉送信。
「……いま、から?」
 急にどうしたのだろうか。何かあったのだろうか。
 一言だけ返信して窓を見る。
(…………あいつもこの窓から出入りしたのかな)
 鍵、かけてたはずなんだけど。そうぽつりと零しながら窓枠に足をかけ、飛び出した。

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(……二人とも、何企んでるんだろ)
 自分の席から離れたところで文悠と真央が何かを話し合っているのが見える。
 昨日の夜、茜から聞かされた話。先生の案に乗るかどうかに二人は迷わず意見を述べた。
 篠宮も迷いを見せながらも「ちゃんと考える」と言った。
 俺は、先生の話に乗ることを選んだ。後悔は、するかもしれないけど。
(俺、そんなに流されそうな奴に見えるかな)
 あぁでも確か、一昨日もそんなことを言われたな。じゃあ、言う通りかもしれない。
 そこで納得してしまうところがきっと“そう”見えてしまう要因なんだろう。
(確かに迷いはしたけど……)
 脳内で愚痴るかのように言葉を浮かべてしまい首を振る。ハッキリしない態度を取ってしまったのは自分だ。せめてこれから、態度で示していかなければ。
 口の内側を強く噛みながら、意識を窓の向こうに飛ばす。
 暫くしてしぃくん、と声をかけられてそちらを向く。
 一緒に帰ろうと言われ「わかった」と言ってカバンを手に取り、小走りで彼らのもとへと駆け寄る。
(……みんなと帰るの、これが最後……かもしれないのに)
 いつものように言葉を交わすことが、息をすることが、何故だかすごく難しかった。

***

 一人向かう先は診療所。あの人……洋子さんのもと。
 様子を見てきてあげて、という言葉に頷いて三人と別れた。
 この数日ですっかり慣れてしまった道を歩きながら思う。
(俺にとっての幸せは、みんながいつも通り楽しそうに笑って、馬鹿なことして、それで──)
(……それで……俺は…………)
 その先の言葉が出てこなくて、一度足を止める。
 彼らと穏やかな時間を一緒に共有できればそれでいい。そう思っていたけれど。
(……傍にいることしかできなかった、のに?)
 そんな自分が他人の犠牲の上に何かを望んでしまっていいのだろうか。 浮かんでしまった考えをどう飲み込めばいいのかわからなくて、自分の体を抱きしめるように腕を組み下を向く。

 来るはずのなかった未来、明日、朝。眩しすぎる単語の羅列にクラクラする。
 なるほど。確かに自分はその場の雰囲気に流されていたのかもしれない。
 そんなもの、この数年望んでこなかったのに「自分も見たい」だなんて嘘をついた。
(だって俺は、)
 そこまで考えてからハッと顔を上げる。
(──早く、行こ)
 腕から力を抜き、一歩踏み出す。
 一人ぼっちの道中は、とても静かだった。
▶とじる

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#あトの祀リ #楪梓羽

怪文章

千の夜も夢さえあれば寂しくない
クトゥルフ神話TRPGシナリオ「不辜のサァカス ナイフノモツレ」(作者:popo様/臓器売買)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
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 路地裏から大通りを歩く人間たちを、露店を睨みつける。
 大きく声を上げながら物を売っている大人たちは、一歩後ろにいる存在に気付いている様子はない。
 そっと腕を伸ばし、店頭に置かれていたジャガイモを取りサッと暗がりへと戻る。
追手が来ていないだろうかと後ろを振り返れば、どうやら彼らは盗られたことにすら気付いていないようだ。
 運が良かった。武力行使となると子供である自分は圧倒的に不利だから。
(……今日はこれでなんとかなるといいな)
 生のままのイモを齧る。味なんてものはよくわからないが、食感はいいと思う。

 生まれるよりももっと前に人生のくじ引きでハズレを引いてしまったのだろう。自分には最初から抱き締めてくれる父親も、笑いかけてくれる母親もいなかった。
 そして愛想が欠片もないせいで他の奴らと一緒に物を売って生きるなんてことも出来ず、たった一人で盗みを重ねて毎日を生きていた。
(誰も見てすらくれないのに笑って声をかけたって、意味ないじゃん)
 自分と同じように貧しい装いをした子供たちが広場で何かを売り出している。
 チラリと目をやると彼らの売っているソレに、何故だか見られているような気がした。
 そういえば誰かが言っていた、確か邪視から災いをはねのけるお守りなんてものがあるのだと。
(何だよ、僕がやましい生き物だって言いたいの?)
 ──青い瞳なんて最初から何も持っていない人間にとっては意味のない飾りだ。
居心地が悪くなってふい、とお守りから目を逸らす。
 目の端で子供たちの中で一番大きい少年が、他の子たちの頭に自身の手をポンと置いているのが見えた。
(……馬鹿だな。一人なら食い扶持とか気にしなくていいのに)
 その光景が、何故だか脳に残った。


(…………最悪、ほんとに、最悪)
 今日も今日とて生きるために出来ることをしていたが、結果はこの通り。
失敗した、の一言に尽きる状態。ボロボロになった体をゆっくりと起こす。
(痛い、全部全部痛い。もうやだ)
 視界がユラユラと揺れているのに気付いて、ゴシゴシと目を擦る。
 泣き言を言っている場合ではない、このまま食いっぱぐれてしまってはそれこそおしまいだ。
(あ、そういえば……)
 食糧にありつける可能性が高い市街地から出たことがあまりないが、少し離れた場所にテントが立っているのは知っていた。
 思い立ったが吉日、行くしかない。痛む体を抱き締め、記憶を頼りにフラフラと歩く。
(食べれるもの、あったら嬉しいけど……)
 期待なんてするものじゃない、頭を軽く振って歩みを進める。
 暫くして大きなテントが見えてきた。
 念のためと周囲を見渡すが人の気配はなく、辺りはしんと静まり返っていた。
 ひと息つき食糧を求めテントにそっと忍び込むと、目の前には荷台がズラリと並んでいた。
(……! 当たり、だ)
 手近な荷台を開くとそこには芽は生えているものの、食べられそうなジャガイモが入っていた。
 もう一度人が来ないことを確認してから手に取り、齧りつく。
 シャキシャキとは程遠い柔い食感とともに、土の匂いが口の中に広がる。
 状態はあまり良いものとは言い難いが、食べられるだけで満足だ。
 一つ、もう一つと手を伸ばしていると、閉めていたはずの入口から月明かりが差し込んでいるのに気付き顔を上げてみれば、そこには自分を見つめる大男がいた。
 手の中にあったイモは転げ落ち、血の気が引くのを感じる。あぁ、終わった。
 せめて怒鳴り散らすだけにして欲しい、と願うのは高望みし過ぎだろうか。
 自分に伸ばされた男の手を見て、ギュッと目を瞑る。
 これから振り下ろされるであろう拳から身を守るようにして構えていると、想像していたよりも優しい衝撃が頭から伝わる。
「そのまま食ったら美味くねぇし、腹も壊すぞ!」
 馬鹿みたいに明るい声がテントの中に響く。
頭に乗せられた手と、かけられた言葉の意味を理解できず呆然としていると目の前の男はニカッと笑い続ける。
「大丈夫だ。取って食おうなんて思ってないさ」
「ぁ、えっ……」
「ほら、一緒にこっち来い。ちゃんとした飯、食わせてやる!」
 そう言うと彼はもう一度、人の頭を乱暴に撫でる。
(怒られ、ない? 何、何で? ちゃんとした飯って……)
「ん? 腹が減り過ぎて動けないか?」
 こちらの顔を覗き込むように見てくる瞳から顔を背けると、突然浮遊感に襲われる。
 先ほどまで接していた地面が遠く感じる。抱き抱えられているのだと、気付いた。
「は、な、なに」
「ちゃんと掴まっとけよ、危ないからな」
 人の困惑も何のその、気にする様子もなく彼は自分のことを連れてテントから出る。
「まずは飯食って、寝て、それから話をしよう!」
「な、んの、こと」
「っと、その前に治療した方が良いか?」
「はなし、きいて!」
「わかったわかった、後でちゃんと聞いてやる」
 彼の声からは怒気や悪意を一切感じない。本当に、何なのだろう。疑問しかない。
「俺はウムト。このサーカス団の団長だ」
「さぁ、かす」
「おう。サーカスはいいぞ、みんなを笑顔に出来る夢みたいなもんだ!」
「ゆめ」
「夢だ! 千の夜も夢さえあれば寂しくないんだって、知ってるか?」
「よく、わかんない」
だよなぁ、と笑う彼の言葉を脳内で転がす。
(夢。笑顔。……サーカス)
 縁のない単語がズラリと並ぶ。腹が膨れるはずのないそれらに、惹かれるものはない。
でも、と自分を抱えている腕を見る。
(……大人しくしとけば、ご飯。食べれるのかもしれない)


 何故だろうか、あの日見た子供たちの様子が頭に過ぎった。
▶とじる

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#カスモツ #ナイ

怪文章

梅雨明け宣言

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
彼の落としどころを見つけるための文です。

金糸雀自陣、一周年記念でした。
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 たった一年、されど一年。
 夢から覚めるには十分な時間だった。

 気持ちが絡まってすべてを諦めてしまった人。
 最期のその瞬間まで前に進むしかなかった人。
 信じるものを捨てず、真実を抱いて立っている人。

 そんな人たちを組織が、法が、国が守ってくれないのであれば、誰が彼らに手を伸ばすんだ。
 自分がルールから一歩外れてしまってようやく理解した。
 “正義”のお面をかぶった奴らは、人の涙を見ないふり。
 ”悪”だと言われた人たちのレッテルを剥がせば、そこにいるのは救うべき存在。
 そんな存在を今度こそ守るために出した答えは「信じてきたルールを捨てる」こと。
 「しなさい」と言われた通りにやっていたら何も救えないまま。
 それなら「してはいけない」ことをすればいい。
 「誰か」のために。何よりも人を救いたいのだと願った「自分」のために。

 帽子を深くかぶり、顔を上げる。高い位置にある太陽がとてつもなく憎い。
 ミーン、ミン。
 例年よりも早い、夏を知らせる声が聞こえてくる。
▶とじる

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#金糸雀 #片桐剛

怪文章

片桐剛は浅葱つゆの夢を見るのか

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「金糸雀の欠伸」(作者:しもやけ様)のネタバレがあります。

チマチマとココフォリアでやっていたRPログ。
基本一人遊びだけど、一部他PLがRPしに来てくれた部分があります。
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「雨、止みませんね」
 一本のビニール傘を二人で分け合う。
 互いに肩を濡らしながらやって来たのは人の気配のない場所。
 この雨だ、二人でこれ以上移動するのは厳しいものがある。
「え、何ですか急に」
 ふふ、と笑い出した彼女を見る。
 何が楽しいのだろうか。
「……水も滴るいい男だね、じゃないですよ。この状況で言うことですか?」
 彼女は時折どうでもいいようなことで笑う。

 それを知ったのはこうして二人で人目を避けるて歩くようになって随分と経ってからだ。
 共に事件を追っていた頃は、こんな人だとは思っていなかった。
 もちろん、悪い意味ではない。
「それを言うなら……あーいや、これはセクハラになるのでは……。あぁいえ、何でもないです。気にしないでください」
 冗談には冗談で返すべきだろうか、そう思って口を開こうとして、やめる。
 相手は年上の女性だ。こういった軽口を言ってしまうのはどうだろうかと自分の中の常識が出て行きそうになった言葉を喉の奥へと押し込んだ。
「そういえば前、浅葱さん言ってましたよね。雨は嫌いかって」
「そのときは確か濡れるから好きじゃないって答えたと思います。けど、いまは少しだけ好きになりました」
 目を瞑り雨音に耳をやる。
「雨の日は花粉の量も少ないし、人もあまり外に出たがらない。何よりも、静かだから」 「昼間や人のいる場所ではまぁあまり変わりませんけど。ただ、いまみたいに夜の雨は 静かで良いなって思うんです。いっそ止まなければって思う程度には」

 目を開く。
 夜の雨、それと隣にはこちらの話を優しい表情で聞いている彼女。
 安心する。それと同時にほんの少しだけ心がざわつく。何でだろうか。
 ──何で、だろうか。わからない、いやわからなくていい。
 雨の中。二人逃げて逃げて先へと向かう。終わりのない逃避行は心を蝕む。
 けれど、それでも、こうやって心落ち着けられる瞬間はある。
 だから大丈夫。まだ俺は歩いて行ける。

 目が覚める。
 空を見上げるとどうやら雨は止んだようだ。
 少し離れたところから人の話す声が聞こえる。
 そろそろ行くかと隣に話しかけようとして目を見開く。
 彼女はそこにいなかった。
 辺りを見渡し、もう一度自分の隣を見る。
 それでもやはり彼女の姿はない。

​──当たり前だ。だって彼女は。

 気付いている、本当は。
 信じたくないのは自分だけだということを。
 自分がどれだけどうしようもないのかを思い出す。
 既に居ない人間を隣に置いたままここまで逃げてきたことを。
 雨が止まないでほしい本当の理由を。
 彼女の死を、自分の心の軋む音を、俺はまた理解してしまった。
 自分の後悔から目を背けていたのが情けなくて、でも怖くて悔しくて寂しくて。
 どうすれば良いのかなんて誰も教えてくれない。
 悪い人となった人間の声なんて誰も聞かない。
 そんな世界の隅っこで、俺は雨が止んでしまったことを恨んだ。

 立ち上がりその場から離れる。
 傘はその場に置いていく。俺一人に対して大きすぎるから。

***

「今日は疲れたな……。ええ、流石にこうじっとりと暑いと嫌になりますね」
「雨は嫌いじゃなくなりましたけど、梅雨はそこまで…………浅葱さんのことじゃないですよ。何そんなにしゅんとしてるんですか」
「知ってますか。梅雨の語源」
「中国では梅の実が熟すのがこの時期なんです。それで梅の雨って言われるようになったそうです」
「確かに、日本でもよくこの時期は梅の手仕事とかテレビでやってたりしますもんね」
「そう、それで。『つゆ』の語源、他にも色々あるらしいんです」
はて、どういったものだっただろうか。

 考えていると一瞬、隣にいた人影が揺らいだ気がした。思わず目を見開く。
 もう一度見ると、陽炎にはちゃんと実体がある。そう、当たり前にちゃんと生きている人だ。何を寝ぼけたことを。
 けど少し、不安に思った。

「……ぁ、いえ。なんでもないです、すみません。少しぼーっとしていました」
「それで……そう、『つゆ』の話でしたっけ……。
 ……パッと思い出せなかったんですけど色々あって……」
 言葉がコロコロ、心の中を転がっていく。
 もうすぐ、つゆが明けてしまうそうだ。

***

「今日も暑いですね。晴れている分には移動しやすいから良いですけど」
「……流石に急に降られると困りますね。ずぶ濡れだ」
「虹が綺麗だった? いや、まぁ、そうかもしれませんけど。それ以前に風邪引きそうですよこれだと」
「うわ、靴が……浅葱さんは大丈夫……じゃなさそうですね」
「梅雨、あけましたね」
 一人、道の隅っこで空を見上げる。
 嫌になるぐらい、良い天気だ。
 暑い、暑い。
 湿気が少し残る暑さはなんとも居心地が悪い。
 最近浅葱さんはあまり喋らない。元々無口な方だけど多分それだけじゃない。
 この暑さがそうさせているんだろう。
「ほら、もう少しですから」
 波の音。潮の香り。
 自分にはあまり馴染みのない場所だ。
「海、あなたが来たいと言ったんじゃないですか。忘れたんですか」
「友達、ですか? まぁ、一応いましたけど……多分もう向こうはそう思っていないんじゃないでしょうか」
「追われている身ですしね」
「……俺は、どうすれば良かったんでしょうね」

***

「……あつい、ね」
「……夏は、あつい」
「……アイス、食べない?」

「本当に、嫌になるぐらい暑いですね」
「……アイス、この間食べたばかりじゃないですか」

「もう……この前食べたものはその日のうちに消えちゃったよ」
「今日、あつい、から」

「当たり前のことを言わないでください」
「片桐くんがこの前食べたって、いうから」

 暑い、確かに暑い。
 だがそう何度もアイスを買いに行っては足がつくかもしれない。

「む…………この前だって……ばれなかった」
 むぅ、と少し拗ねた顔をしている

「運が良かっただけですよ。いつ捕まるかわかったもんじゃないんですから」

「うん……でも暑いよ」
 堂々巡り。どうあがいても食べたい

「せめてもう少し人が少なくなってからじゃないとキツいですよ」

 今日はいつもよりハッキリと彼女の声が聞こえてくる。
 ……いつもこのくらい喋ってくれてもいいのにな。

***

 台風が来ていると街頭ニュースで知った。
 どうりで雨が強いはずだ。
 レインコートのフードを深く被る。
 傘は先日置いて行ってしまったからない。
「あめあめ、ふれふれ……」
 いつもなら隣から聞こえてくるはずの声が、今夜は聞こえてこない。
「……このまま夏なんて過ぎてしまえばいいのに」

 ぽつりぽつり、一人歌う。
 誰もその歌を聞くことはない。
 連日痛いぐらいに照りつけてきた日差しはなく、涼しいどころか寒さすら感じるような日。

***

 久々の雨、いつもと変わらず足を進める。
 終わりなんてものはなく、ただひたすら歩き続ける。
 誰かに伝えるべき言葉を抱えながら。
 でもその誰かに会うこともなく、ただ歩く。

 本来ならもう少し穏やな気温でも良いとは思うが、そうはいかないらしい。
「……寒い」
 あの夏からもうここまで来てしまった。
 秋を飛び越えて冬を目の前にかじかんだ手にふっと息を吹きかける。
 あれほど夏なんてなくなってしまえばいいと願っていた口で、訪れた冬を呪う。
 嫌だな、早く暖かくなってくれないものだろうか。
▶とじる

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#金糸雀 #片桐剛

怪文章

A.OKではない。

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「異能警察は、英雄じゃない」(作者:弱小亭ろっしー様)の直接的なネタバレはありませんが現行未通過非推奨。

探索者の二次創作妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
NPCとのCP的な要素がふんわりとあります。
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「東」
 ちらりと横を見れば、彼の頬にぽつんと生クリームがついており、思わず声をかけてしまった。流石にこの状態で放っておくのは少しばかり可哀想だから。
 自分の頬をトン、と指させば、こちらを見た彼が「ん!」と声を上げる。伝わったようで何より。
 さて、と自分の手元に視線を戻したその時だった。
 チュッと軽い音が鳴ると同時に、頬に柔らかい感触。慌てて真横を向けばニッと笑う東の姿があった。
「…………なんで?」
「? ハルがして、ってしたじゃん?」
 ほら、と彼は自分の頬をトントンと指さす。
「……あ、違っ……その。……クリーム、付いてるって……」
 どうしてそこで器用にも汚していないところを、と文句を言いたかったのに口から転げ落ちたのは照れと焦りによって引き出された言葉たち。
 そんな単語ばかりでも彼にはちゃんと届いたようで、そういうことかと頬のクリームを拭った。
「ど?」
「取れ、てる」
 オッケー、と軽い返事が返ってくるが私の心は全くオッケーではない。
▶とじる

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#異能警察 #青木春美

怪文章

三文字分の元気

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「異能警察は、英雄じゃない」(作者:弱小亭ろっしー様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
NPCの喋り方は完全に妄想なので薄目でお願いします。
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 ざんざざんざと雨粒が跳ねる。
 いくら季節が巡っても、雨の降る夜は心がざわついてしまうもので。少しでも気を紛らわそうとテレビをつけていたが、芸人渾身のネタもスタジオの笑い声も全くもって効果がない。
 そっとテレビの電源を消してベッドに倒れ込む。
 外から聞こえてくる雨音がどんどん大きくなっていくと同時に、ごうごうと青い炎が頭の中に広がっていく。
 時計は二時を示していた。良い子はいま頃夢の中。
(流石にこの時間は……)
 ロック画面をじぃと見つめてパタン、と伏せる。
 迷ったけれど仕方がない、深夜に叩き起す方が申し訳ない。
 朝になったらきっと晴れている。そう思って目を閉じようとしたその時、初期設定のままの着信音が鳴り響く。慌ててスマホを手に取るとそこには見慣れた漢字三文字。
「も、もしもし……」
「よっ。ハル、暇してるじゃん? ゲームやんね?」
「……夜中だよ?」
「ハルだって寝れないからこうして電話取ったじゃん?」
 図星。返事がないことを気にするつもりはないようで、電話の向こうからは東の鼻歌とゲームの効果音が聞こえてくる。
「……ちょっと待って、準備する」
「早くするっつーの!」
 スマホをスピーカーモードにして、枕元のゲーム機を手に取る。彼と遊ぶためだけに買ったこのソフト、最初こそボタン操作や画面切り替えに苦戦していたが、いまではもう慣れた。
 流れるようにゲームの中の彼と合流する。画面の中は雨戸の向こうの天気とは違い、真っ青な空が広がっている。
「お待たせ」
「っし! じゃあほら、これ。これやろうじゃん」
「やだ、こっち」
 えー、という彼の言葉を無視してクエストを選択していく。文句を言いつつも私の好きなようにやらせてくれるのは、参っている私に対する彼なりの気遣いだ。
「東」
「んー?」
「ありがとう」
「いいっつーの。このクエスト終わったらあっちのやつもやるじゃん?」
「ん」
 彼の声が雨音をかき消していく。先程まで確かに心に鎮座していた暗い気持ちは溶けて消え、気付けば朝になっていた。
 今日が休みでよかった、と二人で笑いながら電話を切る。すぽん、と音を鳴らしてやって来たメッセージには「起きたら昼飯!」とだけ書かれていた。
「…………起きたらって、何時だろう」
 くすりとしながらスタンプを送り、布団に潜る。
 結局起きたのは夕方。彼とはだいぶ遅い昼食もとい夕食を共に過ごすことになった。
▶とじる

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#異能警察 #青木春美

怪文章