いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

No.30

考え始めると歩みを止めてしまう癖がある

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「あトの祀リ」(作者:つきのわむく様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでもリプレイじゃなくて妄想SS。
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 クローゼットの中を開け、目を見開く。
「な、んで……」
 昨日確かに無くなっていたはずの服が、彼──柳田勝──の香りを纏った状態でそこにあった。
バン、と戸を閉めるけれどもう手遅れで。認識した途端そこにないはずの赤が、心の中に広がっていく。
 この数日で積み重なった不安と困惑が綯い交ぜになって押し寄せて、潰されそうになる。
(服盗ったのはやっぱり……でも、あの写真置いていったのも……)
 その場で膝を抱えてうずくまり何で、何でと小さく声を漏らしても誰もそれを拾うことはない。
(先生の家に、いた理由……。燃やしたのは本当に、勝、なのか……?)
 彼の行動が、そうする理由が、何一つ、わからない。
 自分を害したいだけの存在だと思っていたのに、その行為に意味を含ませてきたことが心の隅に引っかかったまま取れない。
(…………あいつから話を聞き出せたら、みんなの助けになれたかもしれないのに……)
 重いため息をつく。駄目だ、これ以上考えたとしても答えは出てこない。答えをくれる人間はいないのだから。
(どう、しよう。とりあえず写真と資料は明日みんなに見せて……とはいえ、もうわかってたようなもんだけど……)
 グリグリと腕におでこを押し付けながら自分のできることをと思考を巡らせるも、鼻についた香りが取れなくて意識が逸れる。

 ふと、昼間の会話を思い出す。

 知らなかった、みんなのこと。
 知ってしまった、みんなが理不尽な目や辛い目にあっていること。

 あれだけ一緒にいたのに、自分のことでいっぱいいっぱいで何一つ周りのことが見えていなかったのに気付かされた。だからこそ、いまからでも間に合うなら手助けしたいと思う。俺にとって大切な友達だから。
(辛いのは、みんな嫌だろうから)
 自分の意思を伝え損ねていたのを思い出し、少し後悔する。あの場でしっかりと言葉にしなければいけなかったのに。
(……改めて、言わないとだよな。昼間、ハッキリ言ってなかったし)
 じわじわと心に広がった赤い染みが薄く馴染み始めた頃、携帯の着信音が部屋に響く。
そっと手を伸ばし画面を見るとそこには茜からの一斉送信。
「……いま、から?」
 急にどうしたのだろうか。何かあったのだろうか。
 一言だけ返信して窓を見る。
(…………あいつもこの窓から出入りしたのかな)
 鍵、かけてたはずなんだけど。そうぽつりと零しながら窓枠に足をかけ、飛び出した。

***

(……二人とも、何企んでるんだろ)
 自分の席から離れたところで文悠と真央が何かを話し合っているのが見える。
 昨日の夜、茜から聞かされた話。先生の案に乗るかどうかに二人は迷わず意見を述べた。
 篠宮も迷いを見せながらも「ちゃんと考える」と言った。
 俺は、先生の話に乗ることを選んだ。後悔は、するかもしれないけど。
(俺、そんなに流されそうな奴に見えるかな)
 あぁでも確か、一昨日もそんなことを言われたな。じゃあ、言う通りかもしれない。
 そこで納得してしまうところがきっと“そう”見えてしまう要因なんだろう。
(確かに迷いはしたけど……)
 脳内で愚痴るかのように言葉を浮かべてしまい首を振る。ハッキリしない態度を取ってしまったのは自分だ。せめてこれから、態度で示していかなければ。
 口の内側を強く噛みながら、意識を窓の向こうに飛ばす。
 暫くしてしぃくん、と声をかけられてそちらを向く。
 一緒に帰ろうと言われ「わかった」と言ってカバンを手に取り、小走りで彼らのもとへと駆け寄る。
(……みんなと帰るの、これが最後……かもしれないのに)
 いつものように言葉を交わすことが、息をすることが、何故だかすごく難しかった。

***

 一人向かう先は診療所。あの人……洋子さんのもと。
 様子を見てきてあげて、という言葉に頷いて三人と別れた。
 この数日ですっかり慣れてしまった道を歩きながら思う。
(俺にとっての幸せは、みんながいつも通り楽しそうに笑って、馬鹿なことして、それで──)
(……それで……俺は…………)
 その先の言葉が出てこなくて、一度足を止める。
 彼らと穏やかな時間を一緒に共有できればそれでいい。そう思っていたけれど。
(……傍にいることしかできなかった、のに?)
 そんな自分が他人の犠牲の上に何かを望んでしまっていいのだろうか。 浮かんでしまった考えをどう飲み込めばいいのかわからなくて、自分の体を抱きしめるように腕を組み下を向く。

 来るはずのなかった未来、明日、朝。眩しすぎる単語の羅列にクラクラする。
 なるほど。確かに自分はその場の雰囲気に流されていたのかもしれない。
 そんなもの、この数年望んでこなかったのに「自分も見たい」だなんて嘘をついた。
(だって俺は、)
 そこまで考えてからハッと顔を上げる。
(──早く、行こ)
 腕から力を抜き、一歩踏み出す。
 一人ぼっちの道中は、とても静かだった。
▶とじる

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#あトの祀リ #楪梓羽

怪文章