いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

No.35

「生きるって、大変だ」

探索者の二次創作妄想SSです。
通過シナリオに直接関係はないですが、少しでもネタバレなどが気になるようであれば避けてください。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 ぷか、ぷか、ぷか。
 水槽の中を泳ぐ朱を追って右、左。
「…………楽しい?」
 水を取り込んで、酸素を吸って、それだけ。
 何か考えているのだろうか、それとも何も考えていないのだろうか。
 どちらにせよ。目の前をすいすいと通過していく彼らは、自分たちを眺めている視線のことなど意識すらしていない。
 小さな小さな世界の中、いつか呼吸を止めるその時までただそこで漂うだけ。
(……でも、それで十分……なんだよな)

 たまに思う。自分も向こう側に在れたらと。
 鉢の中から掬いあげられた金魚は息ができない。
 当たり前だ。だって外には水がない。
 人間の形をしている自分は、水がなくても呼吸をすること自体はできる。一応。
 でも怠惰な自分は、息を吸って吐くという行動すらしたくないと思う夜を知っている。
 痛い、苦しい、そういう感情で溢れているこの世界で自分を生かすのは、辛い。
「……出たいって言ったのは、俺なのに」
 水槽の傍。広い広い世界の片隅で、爛れた体が動かなくなるのを待つしかない小さな朱を見つめる。
 虚ろな目をした金魚はピチ、とヒレを動かして、止まった。
「後悔はしてない、んだけど…………」
 どうしてこうも振り返ってしまうのだろうね。
▶とじる

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
#あトの祀リ #楪梓羽

怪文章