いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

カテゴリ「怪文章」に属する投稿27件]3ページ目)

そのオペラは舞台にすら立てない

探索者の二次創作妄想SSです。
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「んーいっくん。今年はこれ食べたいな」
 そう言った彼女が指さす先。そこにはバタークリームやガナッシュが何層にも重なっているケーキ――オペラというものらしい――があった。
 毎年つくっているチョコ菓子と比べると少し面倒……いや、難しいように思える。
 だが。
「仕方ないな。こんなに綺麗にはできないけどいいか?」
「いいよー、いっくんがつくってくれるなら」
 こんなにキラキラした瞳でお願いされてしまっては「つくらない」なんて言えるわけない。
 まずはレシピ探しから始めてそれで……。
(幸のためにも、頑張るとするか)
▶とじる

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#一色

怪文章

柳に雪折れなし

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「庭師は何を口遊む」(作者:USB様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
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「遅れちまったけど今年もやりますか」
 がさがさとビニールの中からケーキを取り出す。
 クリスマスという日にぴったりの、いちごのショートケーキ。オレ自身はあまり好きではない、ただ妹はこれが大好きだった。「真っ赤ないちごは甘すぎない方がクリームに合うの」とは彼女談。
 妹と離れてから毎年、コンビニで買う二ピースセットのショートケーキを、今年は年越しそば代わりのカップ麺とともに並べる。そしてこれまでのクリスマスとは唯一違う部分。証拠の一つだった彼女の写真を胸ポケットから取り出す。
「今年はようやっと、兄妹揃ってのクリスマスだな」
 少し皺になったそれを、これまで彼女の代わりに食卓に並んでいたタヌキのキーホルダーの隣に置く。
 すっかり大人になった彼女の顔、自分のいない間彼女に何があったのかはあの手帳でしか確認できていない。だって……。
「──やめやめ、せっかくのパーティーだ」
 脳裏にこびりついて離れない映像を無理矢理振り払う。楽しいことを考えよう。そうだ、例えば。
「実はさ、休み取れたんだよ。今日から年始まで!」
 なんだかんだで毎年バタバタしていることが多かったから、のんびりとした年始は久しぶりどころではないかもしれない。
 自分以外にいないこの部屋で一人、言葉を紡ぐ。
「……うん、兄ちゃんさ。ちょっとずつだけど考えてみようと思う、これからのこと」
 生きる目的と化していたものが無くなって、迷子にでもなったようなそんな気分であの日から過ごしていたけれど。少しばかり未来について考えようと思った。時間があったから、というのもあるけれど、零課のメンバーを見ていたら下ばかり向いているわけにはいかなくなってしまった。
「とはいえオレに何ができんだって話だけどなー」
 彼らのために少しでもできることといえば、地味な情報収集を受け持つぐらいだ。それとちょっとだけ息抜きに付き合うとか。
「ま、できるところからやっていこうと思うよ」
 応援してくれるか、と写真に写る彼女のデコをつつく。
「あ、やっべ! そば伸びちまった!」
 慌ててカップ麺の蓋を開ける。すっかり伸びてしまった麺を目にあちゃあ、と一言。
 さて、遅いクリスマス会を始めるとしましょうか。
▶とじる

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#庭師 #柳徹平

怪文章

セツ、その季節の1ページ

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「ぼくらのシャングリラ、あの子のほうき星」(作者:すずきさん様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
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 寒い、その一言に尽きる。
 地球に降りたって季節が巡った。友であり家族であるエーテロイドの名前の季節はとうに越して、今はもう冬だ。
 外出する前にぐるぐると巻かれたマフラーが首元をぽかぽかと温めてくれている状態だ。
「じっちゃん、見えとるか」
 停船しているソレイユの上に乗り、辺りを見渡す。柔らかく降ってくる白いそれを捕まえようとしては溶かしてしまう。
 これが自分の求めていた「雪」なのか、そう思うと不思議な気持ちが心にふわふわと浮いてくる。喜びとも悲しみとも少し違う、なんとも言い難い心地だ。
「もしかしたら、これが驚きじゃったのかもしれんなぁ」
 あの日失った感情。後悔はもちろんしていないけれど、もしも、を考えてしまうことは今でもある。ナツは言っていた「もしかしたらこれから感情を覚えることもあるかもしれない」と。ならばそれを願ってもバチは当たるまい。
「マスター、ここにいたのね!」
「ん? あぁナツか。どうしたのじゃ」
「ミズキがご飯だよーって言ってたから。呼びに来たのよ!」
「わかった、すぐ戻る」
「……これが雪なのね」
「そうらしいのぉ」
「ふふ、マスターにピッタリね!」
 目の前の彼女はにっこりと笑う。
「じゃのぉ、ワシもそう思う」
▶とじる

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#ぼくシャン #セツ

怪文章

ラベンダーピンク、その一幕

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「宝石を食む」(作者:く様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
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 どこを見ても白い部屋。ぼうっと窓の向こうを覗いて、その後はベッド脇の椅子に視線をやる。ここによく座っている人物は、まだ来ていない。

 自分自身のことすら落っことした現実と夢との狭間で、彼はずっと、私のことを思っていてくれた。
 申し訳ない、けど危ないことはしないで欲しい。そう思う反面で、少しだけ嬉しく思ってしまう自分がいた。彼があそこまで感情的に動くことが珍しかったから……というのもあるけれど。何よりも「私」を助けたいと思っていてくれたことを知ることができた。それがとても嬉しかったんだ。
 きっとこのことを伝えたら彼は「必死だったんすよ」と言ってそっぽ向いてしまうかもしれない。だからこれは私の中にだけで留めておこう……すでにはみ出ているかもしれないけど。

 そういえば、と手を顎に当てて思う。
 例の空間で拾った真珠も、見つけた万年筆も、起きたときにはポケットから消えていた。布越しの温もり以外、何もなかった。つるんと丸く、光に当てると輝くその真珠は美しかった。美しかったが、原産地──涙の理由とあのときの表情──を思うと、人魚姫がごとく溶けて消えてしまって良かったのかもしれない。

「やっぱり人の泣き顔は、慣れないもんだなぁ」
 なんて、呟いた言葉は風に乗って窓から飛び出していく。
「あぁ、早く外に出たいな! 体が鈍ってしまう」
 そう思わないかい?
 振り返るといつの間に来ていたのやら、見慣れた呆れ顔の彼。
「まだ駄目っすよ、先生。体を起こせるようになったばかりなんですから」
「む、わかってはいるよ」
「それ、納得してない表情じゃないすか」
 だって、と言葉を続けようとしてやめる。
 この当たり前をもしかしたら失っていたかもしれない、そう思うと寝てばかりの体と違って心はバタバタと暴れ出す。それを紛らわすためにも、私は新しい刺激を欲している、だなんて。彼に知られたら拳骨を食らうかもしれない。
 あの出来事は「お互い様」ということで落ち着いたのだ。それをほじくる真似をしてしまうとはまぁ、私らしくもないことだ。
「……先生?」
「ん、何でもない! それよりお向かいのおばあちゃんの様子はどうだったかい?」
「──そうっすね、先生が入院したって聞いて腰抜かしたって言ってましたよ」
「あちゃあ、そうだよなぁ。退院したら真っ先に顔出さないとだ」
 軌道修正、無事成功。うん、成功したということにしておく。優秀な助手だよほんと君は。
 傷は治ったとはいえまだ退院は先。それまで私はこうやってあの出来事を思い返しては唸ることになるんだろうな。

「早く退院するためにもリハビリ、頑張りましょうね」
「う~、あの先生おっかないんだよ」
「先生が暴れるからでは?」
「そんなことはない!」
▶とじる

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#宝石を食む #近重みつか

怪文章

包装紙はネイビーで

探索者の二次創作妄想SSです。
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 これはそう、彼の誕生日が来週であると気づいたときの話。

「むむむ……どれもピンとこない」
 商店街の端から端まで。お菓子にハンカチにと色々と見たものの、これといったものはなくて。
 ご近所さんの犬にまで相談をするぐらいには悩んでいたある日。テレビの中、小説家の先生が机に張り付いて原稿に向かうシーン。その時手に持っていたソレを見て、思わずガタリと立ち上がり、財布を持って少し大きな町へ飛び出す。
 あれでもない、これでもない。そう脳内で繰り返しながら店を梯子してようやく見つけたソレ。大人の男性が持っていても何の違和感もなく、普段から使う機会の多いもの。
「すみません、これください!」
 お菓子のように消えてなくならない、ちょっと背伸びした特別なプレゼント。
「ご自宅用ですか? それとも……」
「プレゼント用でお願いします!」
 少し食い気味になってしまったのは許して欲しい。同い年なのに自分よりもしっかりしている彼にピッタリの一品を見つけてしまって、すっかり浮かれてしまったのだ。
 目の前で丁寧に包まれていく万年筆を見て思わず口元が緩む。
 これを渡したら彼はびっくりしすぎてぽかんとしてしまうだろうか?
 それとも喜んでくれるだろうか?
 あぁ、自分の誕生日ではないのにすごく待ち遠しい。はやく君の顔が見たい、そう思うよ!
▶とじる

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#近重みつか

怪文章

アイドル衣装に着替えないと出られない部屋

探索者の二次創作妄想SSです。
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「……ヒラヒラ、だな」
 目の前に並ぶ、煌びやかなスカートやワンピース。テレビの向こう側でしか見たことがないような衣装の数々に、思わず顔のパーツが真ん中に寄ってしまう。

 朝起きてみると、そこは真っ白な壁に囲まれた部屋。目をこすりながら辺りを見渡せば、壁には七時を指す時計。部屋の中心には色とりどりのアイドル衣装がかけられたハンガーラックと一枚の紙。
「『アイドル衣装に着替えないと出られない』って何だそりゃ」
 うぅんと唸ってもう一度ラックを見る。何度見たって変わりやしない、デザインやスカート丈に違いはあれど、どの衣装もスカートやワンピース。
「こういうの、似合わないんだよなぁ……」
 普段ズボン以外選ばない私にとって、目の前のこれら──ふわふわでキラキラの衣装たち──は避けて通りたい地雷そのもの。ラックから一着、また一着見ては戻す。せめて丈の長いものを、と思ってはみたもののどれも膝丈。一体どこの誰の趣味なんだ。まったくこれだけ衣装があるのなら、パンツスタイルの一つや二つ、置いといて欲しかったな。
 思わずため息をこぼす。こうしている間にも時間は淡々と過ぎていく。今日は午前中に依頼人が一人来る、先ほどの紙に書かれていることが本当であるのならばこのまま「嫌だ!」とは言い続けてはいられない。
「まだ、これなら……」
 手に取ったのは軍服を模した衣装。プリーツスカートはやはり短いが、他のものよりはシンプルで可愛さは控えめだ。
「いざ、いざ!」
 何事にも大事なのは勢い。幸いにもここには私以外誰もいない、それならば恥ずかしがる必要なんてないはずだ。着慣れない衣装に苦戦しつつも袖を通す。鏡のないこの部屋で、自分の姿を確認できるものはない。
「こ、これで着れた……はず! 早く出して!」
 私の声に答えるかのごく辺りが突然光り出す。思わずぎゅっと目をつぶった瞬間、何かの笑い声とともに背中を押される。

 わっ、と一歩踏み出すと先ほどまでの真っ白な空間はどこへやら、そこには毎日見ている事務所の風景が広がっていた。
「本当に何だったんだ、あの部屋は」
 ほっと一息ついて時計を見る。この時間ならまだ依頼人はおろか、助手も来ていない。そう安心したのもつかの間。
「っな、な、なんで!」
 うっすらとガラスに映る自分の姿は、日常生活を送るには少し、いやかなり目立つ格好をしていた。
 ──トントン、と誰かが階段を上ってくる音がする。
「わ、待って、待ってくれ! 入らないで!」
 その声を聞いた助手が、慌てて部屋に入ってしまうまで、あと少し。
▶とじる

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#近重みつか

怪文章

近重みつかの日常

探索者の二次創作妄想SSです。
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 「いやぁ助かったよ、みつかちゃん」
「なに、当然のことをしたまで! また何かあったら言ってください」
 彼女はそう言うとにこりと微笑み、その場を後にした。

 彼女──近重みつか──の朝は、ご近所に住むお年寄りたちに挨拶することから始まる。「調子はどうだい?」「ぼちぼちですね」とたわいのない会話で済むこともあれば、今日のように一つ事件を解決に導くこともある。
 先ほど受けた依頼は「家の鳩時計が壊れて動かない」というもの。専門の業者に頼めばよいが、残念ながら近所にはない。困り果てた依頼人はそこで、目の前をちょうど歩いていた彼女に声をかけたのであった。
「頼む、この通りだ!」
「このぐらいお安いですよ、この私に任せてくださいって」
 彼女は探偵だ。どんなに小さな事件だとしても、基本的には断らない。それが事件と呼べないような、ちょっとした困りごとであってもだ。そこが彼女の美点であり──。

「ん?」
 振るえるスマホをズボンのポケットから取り出せば、そこには「先生、いまどこですか」の一文。よくよく見れば、数時間前からにも似た文言が“何度”も届いている。彼女は思わず「しまった」と声を上げた。

 そんな彼女の欠点は、助手に一言の相談もなしに話を進めてしまうところだ。
 今回の「鳩岩戸引きこもり事件」についても、もちろん例外ではなかった。
 慌てて返信しようとする彼女を責めるように画面には見慣れた名前と番号が並ぶ。
「……やれやれ、どう弁明したものか」
 ハハハと乾いた笑いを浮かべた彼女はよし、と意気込み左へスワイプする。
 近重みつかの午後は、助手のお説教から始まるのだ。
▶とじる

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#近重みつか

怪文章