いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

No.8

ラベンダーピンク、その一幕

クトゥルフ神話TRPGシナリオ「宝石を食む」(作者:く様)のネタバレがあります。

探索者の二次創作です。
あくまでも自分がこのシナリオを経て書きたくなった妄想SSです。
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 どこを見ても白い部屋。ぼうっと窓の向こうを覗いて、その後はベッド脇の椅子に視線をやる。ここによく座っている人物は、まだ来ていない。

 自分自身のことすら落っことした現実と夢との狭間で、彼はずっと、私のことを思っていてくれた。
 申し訳ない、けど危ないことはしないで欲しい。そう思う反面で、少しだけ嬉しく思ってしまう自分がいた。彼があそこまで感情的に動くことが珍しかったから……というのもあるけれど。何よりも「私」を助けたいと思っていてくれたことを知ることができた。それがとても嬉しかったんだ。
 きっとこのことを伝えたら彼は「必死だったんすよ」と言ってそっぽ向いてしまうかもしれない。だからこれは私の中にだけで留めておこう……すでにはみ出ているかもしれないけど。

 そういえば、と手を顎に当てて思う。
 例の空間で拾った真珠も、見つけた万年筆も、起きたときにはポケットから消えていた。布越しの温もり以外、何もなかった。つるんと丸く、光に当てると輝くその真珠は美しかった。美しかったが、原産地──涙の理由とあのときの表情──を思うと、人魚姫がごとく溶けて消えてしまって良かったのかもしれない。

「やっぱり人の泣き顔は、慣れないもんだなぁ」
 なんて、呟いた言葉は風に乗って窓から飛び出していく。
「あぁ、早く外に出たいな! 体が鈍ってしまう」
 そう思わないかい?
 振り返るといつの間に来ていたのやら、見慣れた呆れ顔の彼。
「まだ駄目っすよ、先生。体を起こせるようになったばかりなんですから」
「む、わかってはいるよ」
「それ、納得してない表情じゃないすか」
 だって、と言葉を続けようとしてやめる。
 この当たり前をもしかしたら失っていたかもしれない、そう思うと寝てばかりの体と違って心はバタバタと暴れ出す。それを紛らわすためにも、私は新しい刺激を欲している、だなんて。彼に知られたら拳骨を食らうかもしれない。
 あの出来事は「お互い様」ということで落ち着いたのだ。それをほじくる真似をしてしまうとはまぁ、私らしくもないことだ。
「……先生?」
「ん、何でもない! それよりお向かいのおばあちゃんの様子はどうだったかい?」
「──そうっすね、先生が入院したって聞いて腰抜かしたって言ってましたよ」
「あちゃあ、そうだよなぁ。退院したら真っ先に顔出さないとだ」
 軌道修正、無事成功。うん、成功したということにしておく。優秀な助手だよほんと君は。
 傷は治ったとはいえまだ退院は先。それまで私はこうやってあの出来事を思い返しては唸ることになるんだろうな。

「早く退院するためにもリハビリ、頑張りましょうね」
「う~、あの先生おっかないんだよ」
「先生が暴れるからでは?」
「そんなことはない!」
▶とじる

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#宝石を食む #近重みつか

怪文章