いぬの夜鳴き

夜鳴きと怪文書

No.6

アイドル衣装に着替えないと出られない部屋

探索者の二次創作妄想SSです。
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「……ヒラヒラ、だな」
 目の前に並ぶ、煌びやかなスカートやワンピース。テレビの向こう側でしか見たことがないような衣装の数々に、思わず顔のパーツが真ん中に寄ってしまう。

 朝起きてみると、そこは真っ白な壁に囲まれた部屋。目をこすりながら辺りを見渡せば、壁には七時を指す時計。部屋の中心には色とりどりのアイドル衣装がかけられたハンガーラックと一枚の紙。
「『アイドル衣装に着替えないと出られない』って何だそりゃ」
 うぅんと唸ってもう一度ラックを見る。何度見たって変わりやしない、デザインやスカート丈に違いはあれど、どの衣装もスカートやワンピース。
「こういうの、似合わないんだよなぁ……」
 普段ズボン以外選ばない私にとって、目の前のこれら──ふわふわでキラキラの衣装たち──は避けて通りたい地雷そのもの。ラックから一着、また一着見ては戻す。せめて丈の長いものを、と思ってはみたもののどれも膝丈。一体どこの誰の趣味なんだ。まったくこれだけ衣装があるのなら、パンツスタイルの一つや二つ、置いといて欲しかったな。
 思わずため息をこぼす。こうしている間にも時間は淡々と過ぎていく。今日は午前中に依頼人が一人来る、先ほどの紙に書かれていることが本当であるのならばこのまま「嫌だ!」とは言い続けてはいられない。
「まだ、これなら……」
 手に取ったのは軍服を模した衣装。プリーツスカートはやはり短いが、他のものよりはシンプルで可愛さは控えめだ。
「いざ、いざ!」
 何事にも大事なのは勢い。幸いにもここには私以外誰もいない、それならば恥ずかしがる必要なんてないはずだ。着慣れない衣装に苦戦しつつも袖を通す。鏡のないこの部屋で、自分の姿を確認できるものはない。
「こ、これで着れた……はず! 早く出して!」
 私の声に答えるかのごく辺りが突然光り出す。思わずぎゅっと目をつぶった瞬間、何かの笑い声とともに背中を押される。

 わっ、と一歩踏み出すと先ほどまでの真っ白な空間はどこへやら、そこには毎日見ている事務所の風景が広がっていた。
「本当に何だったんだ、あの部屋は」
 ほっと一息ついて時計を見る。この時間ならまだ依頼人はおろか、助手も来ていない。そう安心したのもつかの間。
「っな、な、なんで!」
 うっすらとガラスに映る自分の姿は、日常生活を送るには少し、いやかなり目立つ格好をしていた。
 ──トントン、と誰かが階段を上ってくる音がする。
「わ、待って、待ってくれ! 入らないで!」
 その声を聞いた助手が、慌てて部屋に入ってしまうまで、あと少し。
▶とじる

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#近重みつか

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